宮田グループ長本日はよろしくお願いします。まずは、いすみ市の現状と課題についてお聞かせください。
ステークホルダーダイアログ
漁業における地域価値創造への取り組み
千葉県いすみ市とNTT東日本では、2022年より「DXによる魚価向上、漁業の担い手確保を通じた地域活性化」をめざす取り組みを進めています。この取り組みをスタートして約2年、本プロジェクトの中心的なメンバーの皆様によるダイアログを実施し、ここまでの進捗や今後の展開等について話し合いました。
いすみ市の課題とNTT東日本グループの姿勢
太田市長いすみ市は千葉県の東南部に位置しており、太平洋岸を流れる親潮寒流と黒潮暖流が交わる海域で、関東エリアでも有数の高級魚の漁場となっております。市域の西側は米作を中心とする田園地帯、北部は梨などの果樹栽培や野菜栽培が発達しています。1000年前からこの付近は稲作や漁業が盛んで、朝廷にアワビを献上した記録もありますし、徳川家康が江戸に幕府を置く際に、房総半島の豊かな自然に目をつけたという逸話もあります。この地域には「浜大漁・陸万作」という言葉がありますが、昭和の前半ぐらいまでは、海で獲れた魚類を加工・販売して、余ったものを田畑に使う、漁業で稼いだ人たちが農作物を購入するという、地域の経済を自分たちで回す時代がありました。平成が終わりを迎えた頃から人口減少がはじまり、今では少子・高齢化が進んでいます。産業を支える人が減少するなかで、稲作では有機農業を進めており、同様に漁業でもDXに取り組み、より付加価値の高いものにしていきたい。そのためにはNTT東日本の持つ情報技術を活用して、この地域の水産・農業の再生と維持発展、持続性の確保、そして人材の育成を成し遂げたいと思っています。
宮田グループ長かつては資源を地域内で循環する「地域循環型社会」があったということですね。NTT東日本では「地域循環型社会の共創」という「パーパス」を設定しております。その背景について境事業部長、よろしくお願いします。
境事業部長昨年、千葉県が150周年を迎えましたが、私どもNTT東日本もほぼ同じ年月の歩みを持っております。地域の皆様に安心安全なコミュニケーションをお届けするという基本を大切にして活動していますが、さらに夢や希望を感じられる持続可能な社会の実現をめざしたいという想いから、2023年の5月に「パーパス、ビジョン、ミッション、バリュー」を制定しました。DXによる魚価向上や、漁業の担い手の確保を通して「地域循環型社会の共創」を実現し、誰もが豊かさや喜びを享受できる地域づくりに取り組んでおります。
地域課題の解決のために地域商社を設立
宮田グループ長私たちが「パーパス」を掲げて活動するとしても、NTT東日本だけでは何もできないですし、地域の課題を把握されている、地域に根ざした皆様と一緒に社会づくりを行うことが欠かせません。いすみ市ではSOTOBO ISUMIという地域商社が、地域の課題を把握して、企業と地域を繋ぐ役割を担っておられます。その設立までの背景や、めざしていることをお聞きします。
山口主査2021年3月に、第2期「いすみ市まち・ひと・しごと創生総合戦略」が改定され、いすみ市として人口減少対策に取り組む方向性がより明確になりました。私の担当分野では「食の街づくり」をテーマとしており、歴史を持ついすみ市の第一次産業、これをなくしてしまっては「いすみ市ではなくなってしまう」という危機感を持っております。第一次産業を伸ばすためには、「生産者が自分で作った野菜や魚の美味しさの理由をしっかり言えること」これがまずは大事であると考えています。それに加えて、地域外の方が来られて価値を認めていただければ、外に打って出ることが可能となると思いました。そして、こういった取り組みでは、行政だけが引っ張るのではなく、市民が活躍してこそ持続可能な取り組みと言えます。そういった背景から地域商社であるSOTOBO ISUMIが設立されたと解釈しています。
宮田グループ長地域の人自身が、自分たちの地域の強みに気づいていない傾向が日本各地にあって、外から来た人が良い点を見つけてくれて、それを伸ばす事例も多いですよね。続いて、藍野社長お願いします。
藍野社長株式会社SOTOBO ISUMI代表取締役の藍野です。地域の課題を収集して、民間主導でDXを推進することを目的に、今から5年前にいすみ市とNTT東日本、京葉銀行が地方創生を目的として3社連携協定を結び、地域商社として誕生いたしました。地元のコミュニティと国・県の施策や大学などの研究機関との連携をはじめ、さまざまなソリューションを持つ地域外の企業や有識者とのハブとして、地域のアイデンティティを踏まえたDXの企画検討や業務支援を行っています。私自身もいすみ市生まれ、いすみ市育ちで、今もいすみ市に住んでおります。地域のコミュニティの一員である当事者として課題解決に取り組んでおります。私は地方銀行に定年退職まで働いておりまして、金融業から地域の産業を支えておりましたが、このお話をいただいた際「この仕事には大義がある」と思いました。精一杯やりたいという想いで取り組んでおります。
宮田グループ長大義があるって素晴らしいことですね。まさに地元を熟知した藍野社長が情熱をお持ちであること、SOTOBO ISUMIがハブとなって地域と周りを繋いでいく位置づけであることが理解できました。
太田市長行政だけの旗振りでは、なかなか進みにくいことが多いですが、こうやって地域商社をつくったことで、組合せが良いですよね。NTT東日本が入って、銀行が入って、市が出資しないフリーハンドな存在で、ある意味で先進的な取り組みだったと思います。当初は試行錯誤の時期もありまして、NTT東日本から参加されている三木さんも大変だったと思いますが、5年を過ぎて安定期に入りまして、今後はいろいろな話がより具体化して、ビジネスチャンスが出てくると思いますし、将来に繋ぐための人材育成にも期待しております。
宮田グループ長市民の方が一緒になって働いているということが素晴らしいですね。三木も、いつもいすみ市に伺っていますからもはや市民みたいなものです(笑)。
太田市長三木さんがリュックを背負って出勤する姿を見ると、この街の風景に合っていると感じます。NTT東日本が加わったことの大きさを感じます。それがなければ、普通の地方の商社ですよね。時代の先取りだと思います。
三木課長いすみ市さんから、地域商社設立の想いをお聞きして参画をさせていただきましたが、当初より、表面的な課題の解決を急ぐのではなく、「本当の課題は何か」をきちんと捉えることを意識しておりました。そのためにも、いろいろな地元の方にお話をお聞きすることを大切にしました。そこで感じましたのは、本当の背景や想い等の本音を皆様から聞き出すためには、人間関係を構築するための時間が必要ということです。私はいつも同じ私服姿で港を歩くようにしていて「いつものあの人だから話そう」と思ってもらえるように努めています。そういう本音のなかに、地域が良くなるためのヒントが隠されていると思っています。
宮田グループ長我々は情報通信の会社なので、手段であるICTを目的として考えてしまうような傾向があります。しかし、こうやってSOTOBO ISUMIに社員が入って地域の課題をお聞きして、一緒に解決に向けて考えるというのは先進的な活動だと思います。では次に、藍野社長の方からSOTOBO ISUMIの事業内容や、実際に取り組まれている内容をお聞きできればと思います。
藍野社長株式会社SOTOBO ISUMIでは「人とテクノロジーの力で暮らし続けられるまちの実現」をミッションとしております。具体的な事業としては、地元漁協が進める漁業DXでの伴走支援と、漁協直営の食堂「いさばや」への経営コンサルティング。教育DXとして、いすみ市とお隣の勝浦市の小中学校の計18校でのICT活用支援業務の受託。地域から情報弱者という言葉をなくすための、スマホ教室や講演の開催や、地域課題解決を通じ社員育成などの企業研修の受け入れなどを行っております。これらの取り組みのためにも、地域の人材を全面的に活用し、ICTスキルを培う人材育成にも取り組んでおります。経験豊富なシニアの方にも数多く参画いただいております。いすみ市では60代はまだ若い方でして、70代でも働き盛りで元気に頑張っておられます。
境事業部長SOTOBO ISUMIで取り組まれている事業には、私たちNTT東日本の人材も「社員育成の場」として参画させていただいております。現地に入り、そこで起こる現象に対して、自分たちはどのように解決していくのか、自分たちに何ができるのかを、実践で学んでおり、社員の報告を通じて成長が感じられてうれしく思います。頭だけで考えるのではなく、身体で感じて、心で触れ合うという貴重な経験であると感じています。
宮田グループ長現場でしか見えないことってありますね。漁業が盛ん、農業が盛んと言っても盛んの温度感も違いますし、港の作りも畑の作りも違いますし。机の上で考えたりインターネットを見たりしても実感が湧かないですし、上手く進まないものです。しっかりと現地の方々と一緒に取り組むことで生まれる情熱があると思います。
「漁業DX」による魚の価値向上に向けた取り組み
宮田グループ長SOTOBO ISUMIさんの取り組み事例として「漁業DX」についてお話を伺いたいと思います。大きな目的は「魚価の向上」や、漁業に従事されている方の「所得向上」だと思いますが、まず山口さんの方から「漁業DX」について、期待や苦労を教えていただければと思います。
山口主査いすみ市沖に広がる岩礁群では、多種多様な魚介類が漁獲されています。しかし、このことを認知されていないことが課題となっています。さらには、私自身も生まれ育ちが漁師の家ですが、「変わらなければ」と思いながら、人口減少に伴う漁業の担い手不足や、漁業コストの高騰を目の当たりにしても、糸口が見つけられませんでした。三木さんと持続可能な漁業のあり方を模索するなかで可能性を感じたのが、“鮮度の見える化”という課題です。漁獲後に魚を保管するダンベと呼ばれる水槽で魚を保管する際、水槽の上の部分と下の部分で温度差が大きく、劣化が進む原因の一つであると気づきました。そこで、朝の5時半とか6時に温度計を持って漁港に行き水温を計測しました。データを取るためにはアナログな作業が大切という気づきが最初の取り掛かりでしたね。そして、きちんとした品質管理を維持しながら、新鮮なまま漁業者から消費者にお届けするバリューチェーンを確立するためにICTを活用しての模索がはじまりました。鮮度維持にかかる労力の省力化を行いながら、過去から蓄積されてきた漁師の知恵も見える化するという流れで取り組んでいます。また、過去の知識の継承といえば、どうしても一次産業は天候に左右されるために「休み」という時間が確立されないんですね。もし、需要の動向が読めて、天気予報と連動できれば、天候の良い漁場で漁をするとか、需要減少を予測してしっかりと休むとか、そういうことが可能となると思います。「魚の天気予報」みたいな形を実現するためにも、受け継がれたデータや経験が生かされなければならないと思っています。
宮田グループ長デジタルが何かを作るわけでなく「先輩達が作ってきた歴史」をデジタルで後に繋いでいく、より高度に発展させることを期待されているということですね。次に三木さんに「漁業DX」で取り組まれている内容をお聞きします。
三木課長漁師さんからお話を聞くと「できるだけ魚を高く買ってほしい」という声があります。仲買人さんの声を聞くと「質の悪い魚が混じっているので高く買えない」とおっしゃいます。漁協さんは漁師さんから魚をお預かりして市場で売り切らないといけない立場です。こういう三者三様の立場の人たちが利害関係者の枠を超えて、同じ産地市場の生産者として協力し合えば、魚価が上がるのではないか、それをデジタル化したのが「漁業DX」です。既に魚の水揚げ情報をデジタル化して仲買人さんと共有するという流れは始まっていますが、仲買人さんの言う「質の違い」が明確化できず苦戦しておりました。北海道大学さんが開発した「MIRASAL」というシステムで、「K値」という指標を用いて魚の鮮度の見える化が可能となり、「鮮度とは何か」がデータで示せるようになりました。いずれは「この港で水揚げされた魚だから安心」という「量から質への転換」の第一歩となる可能性が高いと思っています。
太田市長鮮度がデータ化されると良いですね、豊洲市場で「いすみ市の魚は鮮度が違うよ」と可視化できれば、これは付加価値になりますよね。
境事業部長山口さんのお話にあった「需要を予測して休暇をとる」という方向性も重要ですね。暮らしや生活のなかの一部に仕事があると位置づける考え方を「ワーク・イン・ライフ」と呼んでいますが、DXの活用で、漁師の皆様が日々に幸せを感じながら、安全で美味しいもの消費者に届けられるという時代が近づいていることを、お話を聞いて実感しました。
太田市長将来的には人手不足の解消にも繋がるかもしれませんね。魚の居場所を予測できれば、効率も良くなるでしょうし、労働環境の改善にもなると思います。
宮田グループ長「漁業DX」での様々な取り組みを通して、漁業に就きたいと思う人が増えていくことにも期待したいと思います。
境事業部長いすみ市から変わっていくっていうことが、漁業の分野で発信できるといいですよね。先日、日本の食をテーマにしたテレビ番組で、いすみ市の有機栽培米「いすみっこ」が取り上げられていて、誇らしい気持ちになりました。データとAIに、積み重ねてきた歴史やノウハウを加えて可視化することに可能性を感じています。
課題解決のカギとなるノウハウの継承
宮田グループ長いすみ市の取り組みについて、「漁業DX」に限らず、今後の展望について教えてください。
太田市長今後の展望としましては、漁業では「漁業DX」を拡充して魚価の向上を図り、市場の動静を見ながら適切な出荷調整を行うことで、将来的には高値安定を実現したいと考えています。そして、人手不足にも対応できるよう、より効率的な漁業の仕事の在り方も探っていきたいと思います。また、農業についてはコストが上昇しており、農家の皆さんは自分の蓄えや年金で補填しながら維持しているのが現状です。その解決は非常に難しくありますが、一つの道として「半分普通の米作り・半分有機農法」を推進し、少しでも所得の向上を図りたいと思っています。そして、地域づくりをするためには、人材の育成も欠かせません。それらの課題のためにも、ICTを駆使して一つひとつの課題を解決していきたい。ぜひとも皆様方のお力添えを賜りたく思っております。
山口主査これからの子孫のためにも、与えられた環境や自然は「借りているもの」と考えて、過去から受け継いだノウハウを子孫に残す手立てを考えるべきだと思っています。今自分たちがすべきことは「目の前にある知恵をしっかり整理して次の世代に送ってあげること」という考え方を持つことで、明るい未来が見えてくると思いますし、それに向けて、自分自身もしっかりと取り組みたいと思います。
三木課長いすみ市では農業の分野でも、お米作りにおける有機農法のノウハウが培われています。この、ノウハウを後の世代に遺すことはいすみ市の発展に繋がって行くと思います。
藍野社長私は国際交流協会にも関わっておりまして、外国人技能実習生の方に向けて日本語教室を開催し、実習生が日本での生活に必要な日本語をボランティアで教えています。参加者のほとんどが、インドネシア出身の19歳から25歳ぐらいの若者です。漁業は命にも関わる仕事ですから、船長の皆様からも「日本語がしっかり分からないと困る」とお聞きして、生活に必要な日本語教育を中心に進めております。しかしながら、実習生はどうしても2〜3年で帰国してしまいます。日本の漁業を守る意味でも、魚の価格を上げていくような仕組みがやはり必要だと思いますし、その取り組みが日本の若い方が漁業に目を向けるきっかけになると思っています。
境事業部長弊社も農業に携わらせていただいて、太古の昔から営まれてきた農業や食に関して、その土地へのリスペクトを持ちながら、地域独特の価値と私たちのテクノロジーを組み合わせることで新しい未来を実現したいと常々感じておりました。山口さんの「未来のためにこの場所を借りる」という言葉や、太田市長の「1000年の食の歴史」という言葉をお聞きして、改めて「継承の重要性」を感じております。地域の未来を支えるソーシャルイノベーション企業として、皆様に寄り添ってまいります。
宮田グループ長皆様、本日は長時間に渡り、どうもありがとうございました。