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第5回 山間部の生活を守る

つながることの喜び

「峰を越え谷を這い、細く長く続く一本の電話ケーブル。その先には、山間に暮らす人たちの笑顔や心の交流が確かにある。

高齢化とともに、山を下りる人が増える一方で、岩手の豊かな自然に魅かれ、都会の喧噪を離れて、山に移り住む人たちがいる。

埼玉県から岩泉町釜津田の農家に5年前に嫁いだ三上亜希子さんも、そんな若者の一人だ。夫が始めたチェーンソーアートや、釜津田の四季折々の様子を紹介する目的で、ホームページ「カミサワグチ生活図鑑新規ウィンドウで開く」を開設。さらに、山の毎日の暮らしや農作業についてのエピソードを写真や自作イラストとともに綴ったブログ新規ウィンドウで開くが好評で、岩手の自然や暮らしに憧れる人や、同じ畜産業を営む農家から寄せられるトラックバックも日々増えている。音信不通となっていた学生時代の東京の友人との交流も復活するなど、今では大切なコミュニケーション手段として機能しているという。

「埼玉にいた頃からあまり長電話をするタイプでもなかったので、こちらに移り住んでみて、例えば携帯電話の電波が届きにくいことも、不便に感じたことはありません。でもインターネットを始めたことで、いろいろな人からの反響が嬉しくて、改めてコミュニケーションの大切さ、通信のありがたさを実感していますね」と三上さんは話す。

最近では、埼玉の実家の両親もインターネットを始め、岩手の四季折々の風景や家族の元気な様子の写真をメールに添付して喜ばれている。今では電話で話す以上に、メールでやりとりしているという。

三上さんの住む岩泉町釜津田から、約25キロほど渓流沿いの山道を進んだところにあるのが、天然のミズバショウやハクサンシャクナゲが咲き誇る、櫃取(ひつとり)湿原だ。277.5ヘクタールの広さに260種の植物が群生する貴重な湿原であり、1981年には県の自然環境保全地域に指定されている。

湿原は標高約1000メートルの高地に位置しており、冬場の降雪量も多いため、12月中旬から湿原を抜ける山道は車両通行止めとなる。その湿原の入口近くに暮らしているのが、林業の傍ら櫃取湿原一帯の自然保護指導員を勤める、西間さん一家だ。

西間さんの家に電話が開通したのは、わずか10年前のこと。家の脇には、釜津田から伸びてきた通信ケーブルの最後の電柱が立っている。家族全員が電話の開通を心待ちにしていたといい、中でも当時小学生だった娘さんは電話がつながったことに大喜び。友達みんなに電話をかけるなど、その時の喜びを綴った作文が、地元紙の作文コンクールに入賞したという。

西間家の前庭にあたる道路沿いの空き地では、妻の西間れえさんがハイキングなどで訪れた人たちに手作りの餅や釜津田の特産物を販売する、「手作り工房・朱利(しゅり)」を開いている。店の名は、この地域で春一番に咲く白く美しい花からとった。

櫃取湿原に初夏の長雨が訪れる頃、西間さんは店の接客の合間に、一通のファクスを送信する。――"ミズバショウが白い花を咲かせはじめました。あと2週間くらいで湿原は白一色に染まりそうです"――送信先は、山岳写真家の高寺志郎さん。写真を撮りに来て西間さんのお店に立ち寄ったのをきっかけに、今でも交遊が続いており、季節の花が咲く頃になると、ファクスを送って知らせるのだという。

「通りすがりにうちの餅菓子を買って帰られた方が、おいしかったからと販売者のシールを頼りに注文の電話やファクスを下さることもあります。電話やファクスのおかげで思わぬ人との交流が生まれるのは楽しいですね」と西間さんは嬉しそうに語った。

三上亜希子さん。ブログ「農家の嫁の事件簿」には1日300以上のアクセスがある

三上さんの義母さんが営む喫茶店。近隣住民の交流の場でもある

チェーンソーだけを使ってクマやフクロウの彫刻を作るチェーンソーアート

西間れえさん。手作り餅の原材料の注文などにも電話は欠かせないという

「手作り工房・朱利」の店内。地元で昔から作られてきた餅菓子などが並ぶ

よい写真が撮れたことを報告する、高寺志郎さんの奥様からの感謝状ファクス