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第1回 大規模災害と通信ネットワーク

「当たり前」の自覚を失わない努力

2004年11月15日。NTT東日本新潟支店災害対策室の松野一朗室長は、降りしきる雨の中を山古志村の被災地に入った。10月23日に地震が発生し、全村民が避難して以来、「一刻も早く」と望んでいた現地入りだった。山古志村には、村役場のある竹沢地区に村内1200の電話を束ねる竹沢電話局がある。基幹通信網から竹沢電話局につながる2つのルートは両方とも土砂崩れで裂断されていて唯一、孤立状態が続いていた。

予定していた道が雨による土砂崩れで行き止まりとなり、さらに1時間近くをかけて別の道から回りこんで山古志村の別の地区に入る。村を進むにつれ、松野室長は言葉を失っていく。村役場から2キロほど上流の寺野地区では、谷沿いの3つの山が崩れ、コンクリートの電柱が折れていた。その道から竹沢地区に向かう事はできなかった。電話線は谷川に引きずりこまれ、被覆が破れて約200本の電話線がむき出しになっている。電話線は回線毎に色違いになっていて、崩れた土砂とカラフルな線が悲しいコントラストを醸し出していた。無残なその光景を前にひざまづいた松野室長は、「雪が降る前までには、なんとかしたいのだが。」と発した。山古志村は本格的な冬になれば5メートル近い積雪があり、村は雪に埋まってしまう。かつて隣町に通じるトンネルを村民たちが掘った話は映画にもなった。「こんな大地震だからこそ、どんなに被害が大きくても村で頑張りたいと願っているだろう。しかし自然は、それさえも拒んでいるようだ。でも、ライフラインを確保できれば糸口が見えるかもしれない」。その言葉は、松野室長が自分に言い聞かせているようでもあった。

苦労を乗り越えて被災地で頑張りたいという郷土への思い・・・。そうした人々の心を支えるのがインフラの役目である。通信インフラは社会を支える公共性の高いインフラなのだ。また、緊急通報や災害時の安否確認などを支えるライフラインとしても重要である。東洋大学社会学部の中村功教授は、「通信事業者に求められるのは、通信インフラが人の命にかかわる基礎的なライフラインである、という自覚です」と強調する。

「NTTも通信の自由化の中で一つの通信事業者にすぎなくなりました。しかし、他の通信事業者も通信はライフラインであるという自覚を失ってほしくない。安ければ良い、儲かれば良い、という事業ではないのです。やはり公共サービスという高い志の観点が必要です。それは利用者に知ってもらいたい。安ければ良いじゃないか、というだけではライフラインとしての通信は守れないのです」

今回の新潟県中越地震では、山古志村の通信孤立を解消するため衛星を介して通信を確保するポータブル衛星装置を、NTT-MEの社員がヘリコプターで村内へ運び込んだ。そしてそのポータブル衛星で特設公衆電話を開設し、村民の声をとどける通信手段を確保した。まもなく避難指示が発令され、全村民は避難することになった。しかし、最後の避難ヘリにNTT-MEの社員が乗り込んだ時、ポータブル衛星を乗せる余地はもうどこにもなかった。村民の安心を守るという使命を果たしたポータブル衛星は、山古志中学校のグランドで最後の避難ヘリを見送ったのだ。彼らはだんだん小さくなってゆくポータブル衛星を万感の思いで見つめていたという。

こうしたエピソードは枚挙にいとまがない。当たり前にあるものだから当たり前に利用できるようにしたい。それが、驚くほど当たり前のこととしてNTTグループの社員たちの自覚としてある。今回のレポートでは、各部署を代表する人たちのコメントしか使っていないが、その後ろには何百人、何千人という人たちの努力がある。

時代と共に災害の様相も変わり、被害の様相も変わる。一つひとつの災害と向き合って「当たり前」を維持しようとする努力が、今日も全国で続けられている。

山古志村の通信設備は大きな被害を受けた

垂直を保てない電柱

避難指示により、ヘリコプターで避難する山古志村の人々

避難所となった山古志中学校に設置された特設公衆電話を利用する人々

取材:船木 春仁