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本格復旧の取り組み“津波対策・水防対策”

復旧の取り組み 地震と津波に負けない設備を作る。

NTT東日本は通信ビルの高台移設や水防対策など、通信ネットワークのさらなる信頼性の向上のため、倒壊した通信ビルの高台移設や、中継系通信ルートの迂回を行うなど、災害に強い通信設備を作る取り組みを実施しました。通信ビルの高台移転は対象19ビルのうち18ビルの移転を完了し、1ビルは自治体の復興計画に合わせて2016年度に実施します。

東北復興推進室設置と本格復旧の取り組み

東日本大震災発生から2カ月後の5月16日に東北地方の通信設備の本格復旧・復興を推進するため、社長直轄の組織として東北復興推進室を設置。東北復興推進室は、通信インフラの本格復旧を一元的に推進するとともに、各支店(宮城・福島・岩手)と連携し、自治体などの復興計画と連動した新たな通信インフラの構築を推進することを目的とし、本格復旧に取り組みました。

東北復興最前線の司令塔の役目をもつ東北復興推進室の設置(2011年5月)

被災した通信設備の本格復旧完了状況(2016年3月)

津波により流失・浸水した通信ビルの高台への移設

通信ネットワークの要であるNTT東日本の通信ビルは、震度7にも耐えられるように設計されていますが、東日本大震災では、津波が強固な通信ビルを一瞬にして破壊しました。中には700m近く流されたビルもありました。津波による甚大な被害を受けた通信ビルや地盤沈下により冠水し、通信設備の維持・保守に支障が生じた通信ビルなどは高台への移設を実施しました。移設先については、津波の被災状況、周辺の地盤状況のほか、自治体の復興計画など、住民の居住エリアの変化などを考慮した上で決定、通信ネットワークのさらなる信頼性の向上を図りました。

倒壊および流失した通信ビルは高台へ移設倒壊および流失した通信ビルは高台へ移設しました

東日本大震災直後の陸前高田ビル。津波により1階と2階の一部が流失

高台に通信設備をすべて移設した新しい陸前高田ビル

通信ビルの水防対策・停電対策

東日本大震災では、津波で破壊こそされなかったものの水がビル内に侵入し、通信設備や電力設備に損害を与えてしまったケースが多発しました。そのためNTT東日本ではハザードマップをあらためて見直し、浸水の恐れのある通信ビルについては、水防・停電対策の強化を実施しています。特に社会的影響度が大きく重要度の高い通信ビルについては、“建物開口部の閉塞”“避難扉(水防扉)の設置” “水防壁の強化”“予備電源等の重要機能防御” “受電設備や発電機等の上層階への移設”など、複数の水防対策による万全な防備を行っています。

“建物開口部の閉塞”“避難扉(水防扉)の設置” “水防壁の強化”“予備電源等の重要機能防御” “受電設備や発電機等の上層階への移設”通信ビルの水防対策

建物開口部の閉塞を施した通信ビル

電源設備を1階から上層階(屋上)へ移設

通信ビルは強固な水防扉で津波による侵水を防ぐ

蓄電池更改・非常用エンジン設置

広域長時間停電への対策として、通信ビルの燃料タンク拡充、備蓄燃料庫の確保、非常用エンジン発電装置、移動電源車(通信電源用移動発電装置)やタンクローリーによる電源確保、蓄電池の更改などを強化しました。蓄電池の更改は68ビル、非常用エンジン発電装置の設置は66ビルで行いました。

非常用発電機、移動電源車やタンクローリーによる電源確保

通信ルートの災害耐力の向上

NTT東日本では、中継系の2ルート化や地中化を促進してきました。しかし、東日本大震災では、広範囲に及ぶ津波により2ルート同時断線が発生し、通信ビルが孤立し、通信サービスの提供が一時的に出来なくなりました。そこで現在では、複数同時切断に備えた第3ルートの確保や、被災リスク低減のために活断層、津波地域を迂回した通信ルートの構築により信頼性を高めています。また、津波により流失した橋梁箇所の河川の下に管路を構築し、地下化することで津波の影響を受けにくい設備としました。

中継伝送路の信頼性向上

流失した橋梁区間の河川の下に管路を構築して地下化

陸前高田の「あの日を」伝える。

このビルを残すことで、あの日の記憶を次の世代へつなぐ
岩手県陸前高田市 米沢商会 米沢 祐一 社長

私はあの日、大津波から避難してこの米沢商会のビルの屋上で一晩を過ごしました。とにかく妻と生まれたばかりの娘の無事を確認したくて電話をかけましたが全然つながらず、「通じてほしい、家族の声が聞きたい」とその時ほど強く思ったことはありませんでした。何が起きてもつながるということはすごく難しいことなのだと思いますが、あの時の私のような思いをもう二度と誰もしなくていいように、通信の確実さや強さというものにはすごく期待しています。私はこの建物を取り壊さず残すことで、年月が経って、ちょっとずつ薄らいでいくあの日の記憶と津波の恐ろしさを、被災地以外の人や娘たちの世代にも伝えていくことで、未来につないでいきたいと思っています。

取り壊さず保存することとした陸前高田市の米沢商会ビル(2016年2月)