【参考】
【参考】出品作家と作品例
池添俊
《わたしたちは同じ見えない部屋に暮らしている[再構成版]》(仮題)2026年
《わたしたちは同じ見えない部屋に暮らしている[再構成版]》(仮題)2026年
《わたしたちは同じ見えない部屋に暮らしている》2026年 参考図版
池添俊は、社会や歴史のなかで見過ごされがちな人々の語りや記憶に目を向け、それらを物語として再構成する映画やインスタレーションを発表してきました。近年は精神のゆらぎとそのケアを主題に制作しています。本展では、精神的な困難や課題とともに生きる人々を地域の家庭に受け入れ共に暮らす制度が13世紀から続くベルギーのヘールでの取材をもとに制作した《わたしたちは同じ見えない部屋に暮らしている》(2026)を再構成し、新たな映像インスタレーションとして発表します。作品を通して、現実と想像、記録とフィクション、自己と他者、正常と逸脱といった揺れ動く境界を見つめ直し、他者と共に生きる可能性を探ります。
小宮りさ麻吏奈
《CLEAN LIFE》2025年
《CLEAN LIFE》2025年
《CLEAN LIFE》展示風景、2025年 Photo by Ujin Matsuo
小宮りさ麻吏奈はクィアという視点に基づき、従来の家族観や性別にとらわれない「新しい生殖・繁殖の方法」について模索しています。今回展示されるのは、生体の一部を人工的に増やす技術のひとつである細胞培養を用い、培養肉をテーマに制作された作品群です。
顕微鏡上の培養肉の組織を映し出した映像には、その技術にまつわる政治や倫理の問題が重ねて語られます。また展示室には細胞を培養して制作された平面作品も展示されます。映像内で語られたトピックが平面作品のモチーフになる一方、平面作品そのものもまた、細胞と培養に用いられた培地を素材とすることで、その倫理的な問いを自ら引き受けています。本作は、私たちがどのような絡まり合いの中に身を置いているのか、また倫理的な線引きがいかにして行われているのかを問いかけるものです。
花形慎
《エルゴノミクス胚・ホロタイプ》(新作)
《エルゴノミクス胚・ホロタイプ》(新作)
《エルゴノミクス胚・プロトセル》2025年 撮影:上野貴弘 参考図版
花形慎は、テクノロジーや社会によって規格化される人間に対し、自らの身体構造や感覚を組み換えることで世界との関係を結び直す「捻転(ねんてん)」を実践する作品を制作しています。2025年より、人間が技術を使うのではなく、技術に〈なる〉ことを試みる《エルゴノミクス胚》※に取り組み、本展ではその連作となる新作の映像インスタレーション《エルゴノミクス胚・ホロタイプ》を発表します。本作で花形は、人間と技術の境界が揺らぐ瞬間を映像としてとらえることを試みます。
- ※《エルゴノミクス胚》は、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」委嘱によるライブ・パフォーマンス作品。2026年10月29日〜11月1日に東京芸術劇場にて上演予定。
ヒワ・K
《なにも感じないでしょう》2025年
《なにも感じないでしょう》2025年
《なにも感じないでしょう》2025年
イラク・クルディスタン出身のヒワ・Kは、家族や友人から聞いた逸話や自身の経験をもとに、地域に根ざした知や表現、他者との協働を取り入れながら、既存の歴史や支配的な物語を問い直す作品を制作しています。本展出品作《なにも感じないでしょう》は、自身の腎結石の治療経験をもとにした映像作品です。病院での診断と地域の伝統的な治療師との出会いを通して、西洋近代の知の体系とは異なる在来の知に目を向けるとともに、医療や軍事技術といったテクノロジーが身体をどのようにとらえ、扱うのかを浮かび上がらせます。身体の痛みや感覚の麻痺を描きながら、私たちが自身の身体や世界との関係をどのように結び直せるのかを思索します。本作は、第13回ソウル・メディアシティ・ビエンナーレ委嘱作品。
福原志保
(新作)
(新作)
制作のための素材実験の記録 参考図版
福原志保はこれまでさまざまな方法で「生命とは?」を探求してきました。生を本来不可逆な過程ととらえ、近年では自身の家族の看取りの経験から、医療的管理と、その人の気配を感じとりながら行われるケアの差について、考察を重ねていました。
こうした極めて個人的な経験からたどり着いたのが、液体、医療用チューブ、歯や骨といった要素から着想した、今回のインスタレーションです。それは管理・制御されながらも漏出していく液体の振る舞いと、その液体を受け表面が変化する素材を組み合わせた装置です。物質が引き起こす静かな現象を通して、生と死の境界や不可視の気配を立ち上がらせるアプローチです。