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第3回 雪から通信を守る

雪との戦いに誇り

飛騨地方は、年が明けた1月中旬頃から降雪が増え、気温も急激に下がり始める。そして、雪崩が発生しやすくなる。NTTネオメイト岐阜高山統括営業所の技術者たちは、雪が本格的に溶け始める4月までは24時間、一時も気が抜けない毎日が続く。

もちろんそれは住民にとっても同じだ。飛騨市宮川町で富山県境まで2キロ足らずの地域にある「飛彈まんが王国」。漫画での町興しを図るユニークな第3セクターで、スキー場と温泉宿泊施設がある。支配人の洞慶明さんは、「施設の性格上、電話が通じなくなると本当に困ります」と言う。
「スキー場で転倒者が出る可能性もあるほか、来訪者が急病になることも考えられます。救急車は20キロほど離れた消防署にあり、電話が不通になると対応のしようがありません」

洞さんは、「電話が重要なライフラインであることは、施設の完成まではあまり実感できませんでした。それまでは、通じるのが当たり前だと思っていましたから」とも語る。

飛騨市宮川振興事務所の田中所長は、「NTTが、あそこまでやってくれるとは思わなかった」と振り返る。昨年の台風23号災害への対応についてだ。大雨と土砂崩れで道路が寸断され、JR高山線も鉄橋が流されて町の北部地域が孤立寸前の中、NTTネオメイト岐阜高山統括営業所の技術者たちは2日間で仮設の迂回ルートを敷設した。

北部地域(打保、菅沼、洞の3地区)は高齢者が多く、打保地区では35軒ある世帯の半数が1人暮らしのお年寄りである。電話の臨時復旧と同時に宮川振興事務所と保健所は各世帯に電話をかけ、安否を確認した。
「利用者は少なく、経済性は決して良いとは言えないでしょう。しかし、そんなことは一言も口に出さず電話を守り続けてくれたことがどんなに心丈夫だったか。自らの使命に対する情熱はすごいと感じた。地元に住む者としてお礼を述べたい」

田中所長によると、今年のお正月は、故郷を心配して帰郷する人が多かったという。道ですれ違う時に挨拶を交わすと、皆が、鉄橋が流されたままになっていたりする故郷の姿に驚いていた。「だからこそ電話が通じていた有難みが分かるんです」と田中所長。

雪は静かな脅威だ。しかし一方で、雪の多かった年の春には山菜が多く採れ、名産の姫竹も良い物が採れるという。山の植物にとって雪は肥料以上のものだ、と地元の人たちはいう。それは雪の喜びでもある。

脅威と喜び。この自然の営みに対して高山統括営業所の技術者たちは、「台風災害への対応ならば沖縄の技術者たちが優れているでしょう。しかし、雪への対応ならば我々にも自信がある。毎日の暮らしを通じて何を準備するかを分かっている。」と胸を張る。
高山の郷土史をひもとくと、1911年(明治44年)には「特設電話交換及電話通話事務開始」とある。当時の、地方への電話開通としては比較的早期といえる。以来、約1世紀。この地の通信網は雪との戦いであり、その長い経験と技術が、今、技術者たちの誇りとして受け継がれている。

飛騨まんが大国 洞支配人

飛騨市宮川振興事務所 田中所長

長い雪との闘いが経験と技術として受け継がれている

取材:船木 春仁