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僧侶 霜村真康

霜村真康

地域コミュニティの中核を担う寺と僧侶が果たす震災後の役割

 いわき市の郷土芸能「じゃんがら念仏踊り」は、鉦太鼓(しょうだいこ)を打ち鳴らしながら新盆を迎えた家々を供養して回る踊念仏の一種で、江戸時代前期から伝わり、市民に親しまれている無形民族文化財です。起源は諸説ありますが、毎年8月13日に境内で奉納される浄土宗菩提院(ぼだいいん)の開山、現在のいわき市出身の名僧袋中上人(たいちゅうしょうにん1552-1639年)によって始められたと伝えられています。上人は明(中国)に渡ることを志すも果たせず、3年間の琉球(現沖縄)滞在中に琉球王の帰依を受けて桂林寺を開山。布教に用いた念仏歌が琉球の文化と融合し、沖縄の伝統芸能「エイサー」の起源になったといわれています。
 「菩提院は袋中上人のご縁で沖縄との関わりが深いため、震災直後から沖縄のメンバーが非常に心配してくれて心を寄せて頂きました。4月の初めにはわざわざ沖縄から見えられ、避難所を巡って慰問をしてくれた仲間もいました。今でも本当に感謝しています。」と話すのは、今回「ふくしま人」にご登場頂いた、いわき市の菩提院副住職霜村真康(しもむらしんこう)さん。
 霜村さんは栃木県の天台宗の寺に生まれ、大学の時に知り合った奥様とのご縁で菩提院へ入寺、今年(2015年)でちょうど10年目を迎えました。地域のコミュニティの中核を担う寺として、また人の死に関わる務めをされる僧侶という立場で、震災後のいわき市を中心に主体的に関わりを持つ活動を進めています。
 「元々地域で、檀家さんたちと深く関わっている場所としてお役に立ちたいという意識があります。住職も快く場所を提供していいよと言ってくれているので、場所を使いたいというお話を頂いたときには、なるべく断ること無くお寺を使って頂こうと思って今まで来ております。これまで、沖縄から慰問に来て下さったエイサーの方々や遠方から演奏活動に来てくださった方などに場所を提供してきました。」
 「継続しているイベントとしては『やびな市』というものがあります。それは、『がんばっぺいわき』と言って、震災以後ずっと頑張り続けていたけれど、たまには一息入れたいよという人たちがホッとできる場所を作りたくて始めた活動です。半年に一回のペースで開催されていて、毎回たくさんの方がみえられています。」
 2011年9月「復興エイサー」では、津波で多数の人が亡くなられた薄磯地区の海岸を会場に慰霊祭が開かれ、慰問に訪れた沖縄市久保田青年会によって、亡くなられた人の霊を慰めるエイサーが奉納されました。また、霜村さんが所属する「浄土宗浜通り組青年会」により、いわき市の仮設住宅の集会場などで訪問移動カフェ「浜○かふぇ」を開き、保健師による健康相談会や身体のケア講座のほか、芋煮会やワークショップなどが開催されました。
 避難されて来た方達との関わりを持つことで見えてきたこともあったと話します。
 「『浜○かふぇ』の活動では、いわき市で被災された方だけでなく、楢葉町から避難されている方達との関わりもありました。そのなかで、いわき市で被災された方達と、原発事故で長期の避難を余儀なくされた方達との間でのギャップが非常に大きいと感じました。これはこの先問題になっていくだろうと思っているなか、ある支援団体が企画した『対話するワークショップ(体験型講座)』に参加する機会がありました。」
 模造紙のテーブルクロスに水性マーカーが置かれたひとつのテーブルを囲んで4〜5人の参加者が座り、カフェに居るかのようなリラックスした雰囲気と空間のなかで、ファシリテーターと呼ばれる進行役によって参加者が対話する『ワールド・カフェ』を体験した霜村さんは、この時参加した同じ意識を共有する人達と共に発起人となり、「未来会議 in いわき(旧いわき未来会議)」をスタートさせます。