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鍛冶研師・ヌノツクロイ 鈴木康人・智子

鈴木康人・智子

3.11後のいわきを見つめ体感して作る「omoto」の“もの作り”

 「omoto(おもと)」を立ち上げたお二人は、智子さんは東京、康人さんはいわきを制作の拠点としながら、「omoto」の“もの作り”のベースは「道具」と話すように、服もファッションではなく道具としての「労働着(野良着)」と捉え、仕事で着て外へも着ていけるもの、だから包丁と服を感覚的に並べられると話し、リネンやオーガニックコットンなどの風合いを活かしたシャツや、柿渋や藍染めを施したワンピースやバックなどの他、ハギレを利用した康人さんが作る包丁用ケースや小物などを作っています。
 「服に関しては一番最初に漠然と自分が作りたいものを話し、それはこうした方がいいとか話し合いをした上で、それを私が噛み砕いて作っていく感じです。メインは私が作りますが、補強の意味でカンヌキとかボタンホールの隠れたところには必ず手を入れて貰います。」
 「大体重労働とか面倒くさいことは僕がやることになりますけどネ。いつも藍染めは栃木の藍染屋さんへ二人で行って染め、柿渋は毎年お盆前のタンニンが一番強い時期を見計らって柿を採り、潰して寝かせて柿渋を作っていたんですが、震災後の原発事故以降は柿が採れなくなってしまいました。」
 「omoto」を立ち上げた2年後の2011年(平成23年)の震災と原発事故を機に、智子さんは東京での制作を縮小していわきへ移し、康人さんは鍛冶の仕事場としていた遠野町の建物が余震で壊れ、一から自宅に工房を作る状況となり、趣味としていた山での狩猟もできなくなった当時の心境を振り返ります。
 「3ヶ月間仕事ができなくなり、やる気が起きないというか、今考えると不思議な感覚で、とにかく景色が一変したからね、海沿いに行っても『えっ』という景色になって。どうしたらいいんだろうと毎日考えていた気がするけど、今、その震災は『震災=原発』になっているね。僕のライフスタイルの中で、春は山菜採りに行ったり、秋はキノコを採りに行ったり、11月15日狩猟解禁で鉄砲を持って山へ行き、イノシシや鴨を獲ったりすることができなくなった。山道具や狩猟用のナイフも作る頻度がすごく少なくなり、ワクワク感がなくなったことが悲しい。」
 「私は東京からこっちに戻ってきたので不思議がられます。私はここで生まれて、ここで育ったので、自分のふる里がどういうふうになっていくのかを自分の目で見たいと思ったんですよ。主人が3ヶ月間仕事ができなくなり、その後も上手く思うようにいかなくて、仕事場も一から作らなきゃいけなくて、少しでも自分が何かの足しになればいいと思って。3年位は東京でもう少し頑張りたいと話していましたが、それを置いてもこっちをやらなければと、自分のライフスタイルを変え、それから2年位経ちました。」
 東京といわきでの“もの作り”の拠点を震災後にいわきの自宅にまとめ、決定的なダメージを受けた海や川や山の回復する様子を見つめ、それを体感しながら、いわきを制作の拠点に再スタートした今後の「omoto」の“もの作り”の抱負をお二人は次のように話します。
 「そもそも僕らの“もの作り”は量産ができないので、やっていけばやっていくほど、どんどん手が入っていく。困ったものだなぁ。できれば服も10の内ひとつを電気を使わない足踏みミシンで作るとか。ものに宿るエネルギーみたいなものをもっと大事に丁寧にやっていければと思う。言っていることが逆だけど、ものにあまり思いを込めないというか。」
 「最近、手縫いのものを作っている人は、ものに思いがこもっていて怖いと言う方がいて、私も結構手縫いで作ったりしますが、そういうものを作ってるわりにはサッパリとしていて、あなたはそのままでいて下さいと言われて。手で布に触って作っている間は比較的思いを込めて作っているんですけど、最後はそういう自分の思いを全部きれいに水で洗って、太陽の光を当ててきれいにして仕上げています。」
 自分達の“もの作り”は科学的じゃなく、説明し難い部分が沢山あり、鍛冶の火を起こす前には必ず四方へ柏手を打ち、柿渋や藍染めなどの天然素材を用いながら、自然から戴いて自然に還るような“もの作り”を生活の中でも目指していると、「omoto」の“もの作り”の基本をお二人は話し、かつて日本各地に数多く存在した野鍛冶の業(わざ)を継承し、道具としての包丁の役割りと素朴な仕上がりの鉄が持つ美しさを含み、また、畑を借りて藍の栽培も試みながら、天然染料の藍や柿渋を使った手染めを自ら行い、素材の風合いを活かした手触りの良い 作業着(ワンピース)や小物など、ひとつひとつを手間を掛けた手作りに拘った“もの作り”と、手を動かすことを楽しみ、毎日の暮らしを大切にする丁寧な暮らしぶりが雑誌や写真家の写真集にも取り上げられ、お二人はそんな“もの作り”を「不便だね。」と笑いながら、いわきの海と山、人と風に楽しいことをさせて貰って感謝していると話し、今日も淡々と“生活の中の布と鉄”を作り続けています。

取材後記

今回、「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、いわき市の“生活の中の布と鉄”「omoto」の鈴木康人(すずきやすと)さんと智子(ともこ)さん。康人さんが鍛冶で作る包丁や、智子さんが作るリネンやオーガニックコットンの風合いを活かした柿渋や藍染めの服や小物は、お二人が“もの作り”のベースは「道具」と話すように、どれもが大量生産には向かない手作りで、毎日の生活の中で使われ、切れが悪くなれば研ぎ、穴が開けば繕い、長く大事に使われるためのもの。いい“もの”に共通する手間を惜しまない“もの作り”の姿勢は、穏やかなお二人の日常生活を垣間見るようにも思え、居心地の良いお住まいの空間とも重なって、どこかホッコリとした印象が残る取材でした。3月に名古屋の「モノコト」、4月は郡山の「ギャラリー観」で「omoto」の展示が開かれます。お近くにお住まいの方は、お二人の“もの作り”を間近で是非!
◎omoto:http://www.nunototetsu.com