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劇団主宰有機農家 大河原伸

大河原伸

五風十雨の地に農家のプライドを取り戻す砦「えすぺり」

 大河原さんご自身では演ずることがなかった芝居を、劇団のワークショップに参加したことで面白さに惹かれ、将来子供が生まれ、成長した子供達と一緒に人形劇をと思っていた多津子さんの夢とも重なり、1985年(昭和60年)、お二人は劇団「赤いトマト」を旗揚げします。
 「勤労感謝の日に、近くの公共施設に友人30人位に集まってもらい、それが第1回目の旗揚げ公演でした。最初の2年位は親戚の祝事の座敷や、5〜6人の友人の前で演じることが多かったのですが、保育園や小学校などから来てほしいとなって出掛けるようになり、そこから広がってもう28年位になりますか。今まで1600回以上、保育園や幼稚園、小学校、婦人会の集まり、老人クラブ、公民館主催の事業など、いろいろな所で人形劇を演じてきました。」
 2011年(平成23年)の震災と原発事故後の船引町でも、他所へ移った子供や、一度避難して戻ってきた子供、また不安な中で船引にとどまる子供が居るなかで、事故の前後で子供達の雰囲気が大きく変わり、笑いに飢え、楽しいことに飢えていると、子供達の反応を直に感じる大河原さんは話します。
 「大人が感じるのと同じように、子供達もストレスを感じているんだと人形劇を演じていて感じます。だから自分達が子供達の前で演じるのは1時間足らずでも、その時間だけはいろんなことを忘れて、人形劇で大いに笑って、喜んでくれればいいなと感じながら続けています。」
 原発事故が起こった後の放射能汚染を調査する目的で、海外の国際環境NGO団体が船引町を訪れ、頭から足の先まで真っ白な全身化学防護服で車から現れた様子に多津子さんは驚き、住んでいるところ全てが放射能によって汚染されたことを実感したと話します。
 「私達の畑のほうれん草や青菜を測定のために持っていかれ、1週間位で結果を頂き、青菜などの放射能測定値を知らされました。それでここもチェルノブイリと同じになったなと、その時はっきりと認識しました。でもそれ程汚染レベルがこの地域は深刻ではなく、ここでずっと農作物は作っていくことは出来ると仰って頂き、他にもいろいろなことがありましたが、私達はここでずっと農業を続けていくと決心しました。」
 2011年7月、福島市に開所した市民放射能測定所へ有機栽培で育てた野菜を持ち込んで測定すると、トマトから12ベクレル/キロの数値が検出され、その数値を正直にお客様へ公表すると直ぐに反応が現れ、徐々にお客様の数も約3分1まで減ってしまいます。信頼回復にはきちんとした情報を公開することだと大河原さんは考え、10月に友人を介して支援団体から提供された放射能測定機器を自宅に設置し、近隣の農家やご近所からの依頼を受けた食品の放射能測定を行う「あぶくま市民放射能測定所」を開所します。測定データから読み取れるのは、事故当時の風向きの影響により、船引町周辺の放射能汚染が極めて少ないという結果で、前処理を工夫することで更に値を下げることも実験データから解りました。それまでの販売方法が維持できなくなる状況のもとで、県外に活路を求めた当時の様子を、大河原さんは次のように話します。
 「正義の見方が現れて、助けに来てくれると思っていました。周りの農家の人達もどんどん苦しい状況に陥り、とにかく農家が元気になれるのは野菜が売れること。食べたお客さんが美味しいと言ってくれることが一番の元気の源なので、福島県で野菜が売れないなら、売れるところ・買ってくれる人を探そうと、県外に求めることにしました。震災から1年後、東京の下北沢で開かれた『青空マルシェ』で、野菜や仲間が作った加工品を販売し、月に一度、田村地方の野菜や加工品などを食べる『月壱くらぶ』会員を募り、初めは35軒から始まり、今年3月で105軒になった今も問い合せが増えています。」
 大気や土壌、作物の測定結果と共に栽培履歴を添えて提供する「月壱くらぶ」の他にも、大河原さんは傷ついた農家のプライドを取り戻し、希望の砦となる交流の場「えすぺり(esperi)」の建設を進めています。
 「『えすぺり』はエスペラント語で『希望する・期待する』という意味で、今、農家は落ち込んだ状態ですが、自分達も僅かでいいから明かりが先に見える場所が欲しいし、農家が頑張ろうという場所にしたい。野菜や加工品などの販売だけではなく、小さい子供を抱えて放射能で悩むお母さん達の情報交換や、自分達がやってきた人形劇やライブ・コンサート・絵や写真の展示などをやっていきたいと思います。」
 以前のところに戻るのではなく、新しい方向へ向かうことを自分達は選択したと話す大河原さんは、既に一歩、希望の明かりに向かって歩み出しています。

※五風十雨(ごふうじゅうう):5日毎に風が吹き、10日毎に雨が降る。世の中が平穏無事で、気候が穏やかで、豊作の兆しとされる。

取材後記

今回、「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、田村市船引町の有機農家、大河原伸(おおかわらしん)さん。奥様の多津子さんと有機農業を営みながら、農閑期を利用しての劇団「赤いトマト」の公演は1600回以上。放射能汚染の「現実」をテーマとした新作を携え、事故の風化に抗するように、お二人はこれからも明日へ伝え続けます。
◎壱から屋:http://ichikaraya.web.fc2.com/
◎大河原伸facebook:http://www.facebook.com/shin.okawara