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建築家 遠藤知世吉

遠藤知世吉

野武士建築家がGデザイン「回遊」へ込めた3.11後の郷土と心の復興

 福島市街地の一角、古くから遺跡の出土地区に指定される周辺地域の中心となったところに、明治から近隣に医院として親しまれた建物の一部を解体、一部を保存・改修した木造平屋住宅「回遊」があります。「回遊」は、公益財団法人日本デザイン振興会が主催する2011年度「住宅」部門で「グッドデザイン賞」を受賞した建物で、代々の家族や地域の記憶を残しながら、新旧の建物を新しい回遊性を作り出す渡り廊下で結び、動線上の至る所に人の記憶を随所に残しながら、次世代に住み継ぐ好例として高く評価されました。
 新旧の建物を結ぶ渡り廊下を日々往来しながら、新しい建物では将来を想像し、そして古い建物では先祖から継いできた過去を見つめ、これは2011年に災禍に見舞われた福島の地で、脈々と人々が生きてきた歴史を追想し、今後の福島の復興と心の復興に繋がることと、「回遊」応募への経緯を話すのが、今回「ふくしま人」へご登場を頂いた福島市の一級建築士、遠藤知世吉さん。作品そのものではなく、建築家が口で話しを始めては駄目と自嘲しつつ、建築家として独立後24年目となる今日までの経緯からお話しをお聞きしました。
 「大学在学中は建築よりも児童福祉施設の定期訪問ボランティア活動に熱中し、あっとゆう間に4年間が過ぎてしまい、建築以外の就職先を探すことを担当教授に話すと、それは本気で建築を勉強していないからと言われ、副手として大学に残り、学生に設計製図を教える立場となりました。ただそれまで建築をよく勉強しておらず、立場上学生の2〜3倍勉強しなければ教えることが出来ませんでした。その時の勉強が功を奏し、建築の面白さがやっと分かるようになり、その後ハウスメーカーへ就職して住宅展示場の住宅設計をやっていました。住宅展示場では100人中99人を満足させる住宅が良いと言われるなかで、本当に良い住宅は、一人ひとりの生活に合った、一人ひとりの土地に合った住宅が良いのであって、99人が良いと思う住宅はないと思い、ハウスメーカーを辞めて1989年に福島市で独立しました。」
 建築家として独立する過程は、大学・短大、専門学校などの建築関係の学科を卒業した後に、設計事務所などに就職するのが一般的とされ、遠藤さんのようにハウスメーカーを経て独立するのは珍しく、“人と違う”ことが却ってプラスにできると思ったと話します。知名度もなく、お客様も少ない当時は様々な設計コンペにチャレンジし、ある福島県が募集した設計コンペで一等賞を獲得したことを切っ掛けに、中央の建築家も参加する全国のコンペにも応募するようになり、厳しい競争のなかで着実に実績を伸ばしてきました。
 「独立して今年で24年目になりますが、“人と違う”ことで経験したことは心の肥やしになっています。昨年、震災と原発事故を経験しましたが、災難は常に世界中で起こり、過去にも起こって人は乗り越えてきました。“回遊”を応募した理由にもなりますが、3.11前よりもこれからの福島の方が、もっと素晴らしい福島に創ることが出来ると思っています。」
 福島に居て、“人と違う”経緯の意味を込めて“奥羽野武士”と自称する遠藤さんに、引き続き3.11以降の活動をお聞きしました。