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杜氏 林ゆり

林ゆり

風評被害への応援に応える“和醸良酒”で獲た県知事賞

 酒造りの現場での杜氏の役割りは、一般に酒を造る総責任者と、一蔵人として働く杜氏の意味合いを持ち、鶴乃江酒造でのゆりさんの役割りと、女性杜氏ならではの感性を活かした酒造りについてお聞きをしました。
 「私の場合、女性杜氏としてよくご紹介を頂くのですが、一蔵人という感じで現場に出ていますので、『お酒を造る職人さん』ということになります。今の私は洗米と蒸米を担当しており、最初にお米を精米し、それを洗米したものを蒸し上げ、その蒸米で麹やお酒の元となる酒母(しゅぼ)を造ったり仕込みに使います。いい蒸米が出来ないと、いい麹やいいお酒造りは出来ないので、お酒造りの中でも重要なものを任せて貰っています。毎年のお米の出来や気候も違い、洗米の吸水具合いも毎日微妙な単位で変わり、ストップウォッチを片手に、その日の水温やお米の温度を測り、細かい微調整で目標の吸水具合いになるように洗米し、蒸し上がった蒸米を麹室(こうじむろ)や仕込蔵へ運び、麹室を担当する母やベテランの坂井杜氏と話しをしながら、次の日の洗米や吸水に反映しています。目に見えない微生物相手の仕事なので衛生第一になり、母からの教えなのですが、徹底した衛生管理をまめにやり、毎日の掃除の他に沢山出る布類などの洗浄・煮沸と、きれいな麹造りが酒質へ反映し、きれいな甘味の優しい口当たりのお酒に変わってきたのは、そんな女性目線が大きかったのかなと思います。」
 2011年(平成23年)の震災後の原発事故により、会津への直接の放射能汚染の影響は少なかったものの、年間約350万人の観光が基幹産業の会津にとって、その後の風評被害による観光客激減の大きな打撃を受けるなか、2011年4月、福島県酒造組合により、会津・中通り・浜通りの3蔵元を対象に放射線量検査が行われ、水・酒(瓶・タンク)いずれからも不検出の記者会見が開かれます。震災の年は福島県産の酒を応援しようと、事故前に仕込まれた酒が買われたものの、事故後に造られた酒は風評被害で売上が鈍り、現在も一部海外で福島県産の輸入規制があるなど、3年を経た今もその影響は続いています。
 「震災があった年は家の店も開店休業状態で、物流も他所への営業活動もストップしてしまいました。観光がメインの街ですので、風評被害で観光客が激減し、お酒なんか売っている場合でいいのかと考えることもある毎日でした。私達はお酒を造ることしか出来ませんので、県内でも被害の少なかった会津から元気を発信出来ればと考え、私達はお酒の良さでPRをしながら、応援して下さる方達に助けて頂きながら今日まで来たように思います。『福島のお米は、お酒は大丈夫なの?』と直接的に言われて辛い思いをしたこともありましたが、むしろ『もう大丈夫だから、分かっているから』と言って応援して下さるお客様の方が多かったことが、とても嬉しかったです。」
 原発事故後の福島県内では、放射能汚染で酒米を作付け出来ない農家が生まれ、蔵元への供給が希望通りにいかない状況が現在も続いているとゆりさんは話し、そんな中、2013年(平成25年)の福島県秋季鑑評会に於いて、鶴乃江酒造は「純米の部」で福島県知事賞、「吟醸の部」で金賞の2タイトルを受賞し、毎年のように全国・東北・県の鑑評会で受賞を重ねる実績の背景には、お酒の酒質が良くなっていると話します。
 「現在の鶴乃江酒造は、ベテランの坂井杜氏さんを筆頭にお酒造りをしていますが、昨年に続き、今年も全国の鑑評会でも金賞を頂くようなお酒が出来ていて、このところ全体的にお酒の酒質が良くなり、美味しくなったというお声を沢山頂戴しています。少しづつ頑張ってきた皆んなの努力が報われたのかと私自身も嬉しいのですが、増石(ぞうこく)したくても昔ながらの設備で生産量にも限りはありますが、お酒造りの技術をアップしながら、派手さはなくても毎日の晩酌にホッと一息、明日への元気になるようなお酒を造っていきたいと思います。」
 ゆりさんご自身もお酒が好きで、『自分達が飲みたいお酒を造ろうと、いつも主人と話している』と話し、酒造りに携わる人達が大切にする「和醸良酒(わじょうりょうしゅ)※」の言葉通り、家族、杜氏、蔵人と、鶴乃江酒造の酒造りに関わる皆んなの和を持って美味しいお酒造りが出来るように、これからも日々頑張っていきたいと結びました。

※和醸良酒(わじょうりょうしゅ):良いお酒を醸すには、酒造りに携わる人々の和が大切であるという意味。

取材後記

今回、「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、会津若松市の女性杜氏、林ゆり(はやしゆり)さん。4年前に『ZOOM UP』コーナーで「会津酒蔵」の紹介で取材させて頂きましたが、その時と変わらない多忙さと、イキイキとした明るい表情が印象的です。「お酒を造る人の人柄が、そのままお酒に現れる」と話すゆりさん。震災と原発事故後の風評被害に遭いながらも、逆にお酒の酒質を向上させてきた結果の今秋の「福島県知事賞」受賞の背景には、「和醸良酒」の言葉通り、鶴乃江酒造の下で働く全ての人達の和と、常に品質へ拘り、妥協のない酒造りへの信条が表れています。
◎鶴乃江酒造:http://www.d3.dion.ne.jp/~seibo/