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独立系映画館支配人 阿部泰宏

阿部泰宏

3.11後の“フォーラム”が果たす福島からのメディアの役割り

 映画が好きなだけでは映画会社で働けない皮肉に置かれてしまう時代の変化や、時代の波に晒されて試されながら、それを乗り切ってきた阿部さんが、それどころではない大きなショックを受けた出来事が2011年(平成23年)3月の震災と原発事故だったと振り返ります。
 「長期間、劇場を休むという事態が起こることなど全く考えないできましたが、さすがにあの時は3週間休館を余儀なくされました。電気、水道が復旧すれば映写機も使えます。フィルム編集をする映写台が2台壊れましたがなくてもなんとかやれます。無理をすれば再開できた状態でしたが、そうしようと自分自身がなれなかった理由は、やはり原発事故でした。社員と従業員のそれぞれの判断と行動に任せて、連絡を取り合うことも1週間程はままならない状況のなかで、二度とこの街で映画館はできないだろうと考えていました。何より現実問題として決して看過することができない高い放射線量に街が覆われてしまっている状況下で、エンタテインメント系の施設が営業できるはずもありません。」
 冷温停止に向けた安定化処置にメドがついてきたと囁かれ出してから、チェルノブイリ級の破局的な状況への危惧感が薄れていき、 徐々に娯楽施設や飲食店街のインフラも取り戻し始めた4月20日、阿部さんは約3週間振りに映画館を再開し、丁度春休みシーズンに合わせた『ドラえもん』を上映します。
 「再開する時に一番恐れていたのは、批判されるのではという不安でした。こんな大変な時に映画館などやっていていいのかと疑問を投げかけられたら、僕自身何も言えないし、僕自身も迷いながら開けているので、非常に落ち込んでしまうのではという怖さがありました。でも、実際に再オープンしてみたら全く真逆の反応で、全てのお客様から感謝されるんですね。『映画ぐらい観れる街であってほしい。ようやく映画が観れる状況になって嬉しい、ありがとう』と感謝の言葉ばかりでしたが、却って複雑な心境にさせられました。この状況でお客様を集めて映画を観せていいのかという気持ちが絶えずあり、原発事故と放射能汚染というものが、自分がやっていることの存立意義そのもの、自信をも失わせる気持ちにさせることに驚きました。」
 映画館の再開に感謝されながらも、一抹の後ろめたさに映画館を続けていくモチベーションの危機に追い込まれるなか、映画はこういう時だからこそ光が当たらずに黙殺され、決して間違ってはいない少数派の意見を取上げるメディアであると、阿部さんは娯楽である映画館のもうひとつの役割りとして、原発や放射能、環境問題に特化した映画を企画上映します。最初の半年は、どの映画にも原発に関連する情報を求める沢山のお客様が足を運び、それだけ市民一人一人がギリギリの状況だったと話します。また、2011年8月、福島県出身者である若手の大学の研究者を中心に、有志のライターや映像作家、デザイナーなどが東京で集まり、フォーラム福島を拠点に立ち上げた実行委員会「Image.Fukushima イメージ福島」の活動についてお聞きをしました。
 「映画や文学、アート、音楽などのクリエイティブが好きな若者達が、今までに語られていない角度、つまり映画や文学、アート、音楽といったアプローチから原発震災を問い直し、そこから福島の現在から過去へと視座を展開し、将来像をポジティブに見据えられるような企画ができないかと立ち上がった実行委員会が『Image.Fukushima』です。実行委員長の三浦哲哉さんは郡山市出身の映画研究家(現在は青山学院大准教授)で、3.11の福島の状況を見て、是非映画で『Image.Fukushima』実行委員会の活動をしたいと会いに来てくれて意気投合しました。この企画の特長は映画が主役ではなく、映画は“針の一穴”というか、物事を考える切っ掛けとして位置づけます。上映後に必ずゲストスピーカーが付き、そのゲストスピーカーとお客様との知見の交換、ディスカッションを目的とする上映会です。」
 日本のドキュメンタリー映画を代表する作家、土本典昭(つちもとのりあき)氏の「原発切抜帖」上映後のゲストスピーカーとして、いわき市出身の新進気鋭の社会学者、「フクシマ論」の著者 開沼博(かいぬまひろし)氏と佐藤栄佐久前福島県知事の対談、そしてお客様との質疑応答を交え、見えなかった問題をあぶりだそうとする試みなど、映画が持っているポテンシャルを最大限に引き出すイベントと阿部さんは捉えました。このイベントは福島市を起点にこれまで東京や金沢でも開かれ、今後、郡山市や京都、九州、北海道での開催も予定されています。
 「楽しい映画、感動する映画をお届けするという、娯楽装置としての本来の映画館の存立基盤を見失わないようにしながら、3.11後におそらく全ての映画館が持ってしまったメディア的な役割りも意識しながら、その両方でやっていけたらいいなと思っています。」
 時代の波に晒されて試されながら、さらに原発事故によって翻弄されるなかで、福島で映画に携わることへの光明を見出した阿部さんは、映画人としての矜持と自分自身のモチベーションを鼓舞するように、一気に約40分間を話し切りました。

取材後記

今回、「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、福島市の独立系映画館「フォーラム福島」支配人、阿部泰宏(あべやすひろ)さん。ひとつの建物の映画館に大小2つの劇場を設け、大きな劇場でメジャー映画を上映し、その収益で補填して、小さな劇場でアート系の映画を上映するスタイルが、沢山の市民から支持されています。3.11後はフォーラム福島でなければ実現しない、メディアとしての映画館の役割りや、映画の持つポテンシャルを最大限に活かした企画を実現するなど、正に映画人としての面目躍如の活躍です。
◎フォーラム福島:http://www.forum-movie.net/fukushima/
◎Image.Fukushima(イメージ福島):http://image-fukushima.com