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会津桐タンス職人 角田庄伸

角田庄伸

約100の工程を習熟する桐箪笥職人に託された会津桐サーフボード

夏の奥会津の三島町を流れる只見川では、気温差のある早朝と夕方になると水面から川霧が立ちこめ、白いモヤの中に橋や孤島のような山々が浮かび、この時季特有の幻想的な風景を見せてくれます。この湿潤な気候や厳しい冬の寒さの中で育つ三島町の会津桐は、他産地と比べて年輪がはっきりとして光沢があり、細密な材質で上質の特級品と評され、古くから三島町は「日本一の桐の里」と呼ばれてきました。
桐はタンニンを多く含むことから虫が付きにくく、湿気を通さず、軽くて割れや変形が少ない性質を持ち、厳しい奥会津地方の気候風土が作る美しい木目もあって、箪笥や衣装箱などの用途に適し、卓越した技術の粋を尽くした三島桐箪笥職人の手によって、厳選された会津桐だけを用いて100年を超える使用に耐え得る、高品質の箪笥類を作り続けてきました。
今回「ふくしま人」に登場頂いたのは、三島町で会津桐箪笥を作られている会津桐タンス株式会社の桐箪笥職人角田庄伸(つのだしょうしん)さん。「茶髪にピアスの桐箪笥職人はいませんね」と自嘲しつつ、この道15年の匠。桐箪笥職人の道を選んだ理由を「子供の頃からモノ作りが好きで、図工の時間が好きでした。三島町を出るつもりはなく、丁度物作りができる今の会社が募集をしていたので。」と、需要と供給がベストマッチ。高校卒業と同時に会津桐タンス株式会社へ入社します。
入社後約半年間、ポリテクセンター会津でカンナやノコギリ、電動工具や木工機械などの教育訓練を受け、職人としての最初のスタートは「下ごしらえ」から始まります。自然乾燥した板の節や耳を取り除き、歪みのある板は温めながら矯正して、必要な厚みと幅の桐板を作る「木取り」の基礎を覚えます。その後、桐板から箪笥に必要な天板や側板、引出、扉など、箪笥一棹(ひとさお)分の部材を全て一人で加工できるまで修得し、次の組み上げに入ると、独特の木釘(きくぎ=うつぎ)を使って、反りや歪みがないように定規で確認しながら糊と木組みで強度を高め、隙間なくピッタリと合うようにカンナで微調整をしながら機密性と機能性を高めて組み上げます。
「実際に下ごしらえから仕事を覚えていくと、モノ作りが好きなだけでは務まらないところがあって、やっぱり凄く厳しいです。100分の数ミリの精度を突き詰めて、その感覚を指先で覚えて頭に記憶させる。そんな細かい手作業が約100工程あります。」と、一人の職人が下ごしらえを経て部材を作り、一棹の桐箪笥を組み上げられるようになっても、そこに充足感を得られるまでに、実に約10年の歳月が掛かると、今に至る時間を振り返ってその奥深さを角田さんは話します。
この奥会津の自然が創り上げる細密で変形の少ない美しい木目の桐材と、一から十まで自らの手で作り上げる桐箪笥職人の卓越した技術を聞き、これまで2万本以上のサーフボードを作り続けてきた、鎌倉のレジェンド・シェイパー「Abe Shape & Design」の阿部博さんらが、三島町の「会津桐タンス株式会社」を訪れたのが2008年(平成20年)8月のこと。「会津桐でサーフボードの原型を作ってほしい」と、桐箪笥職人角田さんらの前に、一本のオーストラリア産の桐サーフボードを置きました。