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会津坂下町「金塔山 恵隆寺 立木観音堂」

金塔山恵隆寺 観音堂外観の写真建久年間(1200年頃・鎌倉時代)建立の観音堂

恵隆寺境内の写真樹齢800年のイチョウ、境内には同じ樹齢のヒノキ、カシワが。いずれも県指定・緑の文化財

 会津坂下町には、高寺山(たかてらやま・402メートル、大字高寺字高寺)の地域を中心として「高寺三十六坊」と称されるほど多くの寺院が興隆していたとされます。伝えるものが多く残り「高寺おろし」と称される古い仏像や、遺構が数多く眠る地区もあります。
東北は806年の磐梯山噴火、出羽大地震(830年)、貞観大地震(869年)など大きな災害に見舞われます。807年、法相宗(ほっそうしゅう)の高僧・徳一大師(とくいつだいし)が奈良から赴き磐梯町に慧日寺を興しますが、高寺はそれ以前の時代と伝えられます。
「金塔山 恵隆寺」は、高寺の伝承に繋がる由緒を持つと伝えられる真言宗の寺です。寺の縁起には、ケヤキの一木造りで像高7.42メートル、総高8.5メートルという「十一面千手観音菩薩立像(じゅういちめん せんじゅかんのん ぼさつ りゅうぞう)」が立木のまま彫られたとあります。「観音堂」は、建久年間(1200年頃・鎌倉時代)の建立です。現在でも根株は床下まで続いていて「立木観音(たちきかんのん)」と称されています。
ご本尊は頭部に11の小さな顔をいただき、全ての方角の衆生を救済する仏です。左右には「二十八部衆」が千手観音と、信仰する人々とを守る役割で配されています。
慶長16年(1611年)に「会津大地震」が発生し、「観音堂」は被災した部分の大修理が行われましたが元和3年(1617年)に竣工し主な部分は創建当時の形態を踏襲しているとされます。
明治37年(1904年)特別保護建造物として国宝に指定。昭和25年(1950年)の重要文化財指定によっても、改めてご本尊「木造千手観音立像」「観音堂」が国指定重要文化財として保護されています。観音堂内の二十八部衆、雷神・風神立像二体は、福島県重要文化財指定。阿弥陀如来坐像、薬師如来坐像、大香炉、金剛力士立像ニ体は会津坂下町重要文化財指定となっています。
会津三十三観音巡礼の三十一番札所でもあり、多くの方が参詣に訪れます。

お問い合わせ

金塔山 恵隆寺(きんとうざん えりゅうじ)
住所:福島県河沼郡会津坂下町塔寺字松原2944【地図
電話:0242-83-3171

会津坂下町公式ウェブサイト(文化財のページ)
金塔山 恵隆寺 立木観音堂公式ウェブサイト