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アスリート 千葉麻美

千葉麻美

家族と福島への感謝を胸に完全復活を誓うトップスプリンター

 2012年(平成24年)10月、神奈川県小田原市城山陸上競技場で開催された伝統の大会、秩父宮杯第52回実業団・学生対抗陸上競技大会。この大会で女子400mに出場し、伸び盛りの学生らを相手に持ち前の実力を発揮し、久々に表彰台の頂点に立ったのが、2013年最初の「ふくしま人」へご登場頂いた、東邦銀行陸上競技部の千葉麻美さん(旧姓:丹野)。
 千葉さんは、福島大学2年の2005年(平成17年)、当時の女子400mの日本記録51秒80を樹立し、同年世界陸上ヘルシンキ大会へ出場。2007年(平成19年)の世界陸上大阪大会では、女子4×400mリレーで3分30秒17の日本記録。そして2008年(平成20年)には、400mで51秒75の日本記録を更新し、同年の北京オリンピックへ出場しました。その後2010年(平成22年)に結婚。翌年第1子を出産後にトレーニングを再開し、2012年(平成24年)春から競技会へ復帰。その輝かしい記録と実績で、日本陸上界を牽引するトップアスリートとして活躍しています。
 福島大学入学から現在の東邦銀行陸上競技部に渡り、両監督を務める福島大学教授川本監督の指導を受けるホームグラウンドをお訪ねし、子供の頃に“速く走れる”ことを自覚した思い出からお話しをお聞きしました。
 「子供の頃から走ることが大好きでしたが、幼稚園の運動会でリレーがあり、2番手でバトンを貰い、前の子を抜いてトップでゴールした時、自分は少し足が速いかもしれないと、実感した初めてのことでした。」
 千葉さんは、2003年(平成15年)のインターハイで200mと400mで優勝した当時、自己ベストは400m高校歴代10傑中3位の53秒59、200mは10傑外と、持久力に強いロングスプリンターの特性を示していましたが、その2年後の福島大学在学中に一気に51秒台へと記録を伸ばします。たった2年間で日本記録へ導いた川本監督の指導法も合わせ、福島大学への進学を選んだ経緯をお聞きしました。
 「中学・高校と陸上部へ入っていましたが、インターハイで200m・400mで優勝した時、日本だけでなく、海外でも勝負をしたいと強く思うようになり、自分はどうすれば世界と勝負できる選手になれるかを考えた時、川本先生の下で教えて頂くのが一番だと思いました。福島大学には日本のトップ選手が沢山いて、川本先生に指導して頂ければ、世界で勝負できるのではという思いで福島大学へ入学しました。入学してからは自分でも驚くことばかりで、それまで“走り方”を気にしたことはなかったのですが、“走る”という単純な動作の中に、色々なことを自分の中で考え、感じながら走るということを川本先生から教えて頂きました。川本先生の分かりやすい、表現豊かな独特の教え方が私の中ではすっと入ってきて、先生の理想の走り方が身体で感じられるようになり、その結果走ることも速くなっていきました。」
 お話しをお聞きしている福島大学の陸上競技場には、午後に入って学生と千葉さんらの社会人がそれぞれに集合し、冬の風よけにブルーのテントが張られた一角では、明るい川本監督を中心に練習前の談笑が弾みます。2011年3月の震災を経験された被災地福島をベースに、結婚後出産を経て、家族の理解と協力の下で再びトラックの第一線へ復帰し、地元企業の陸上競技部に所属しながら、陸上を通して積極的に地域貢献に取り組む活動について、引き続きお話しをお聞きしました。