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デコ屋敷大黒屋本家人形師 橋本彰一

橋本彰一

伝統は発展への試行の繰り返し“三春人形300余年の伝承”

 郡山市西田町高柴、ここはかつての三春藩領高柴村。今から約300年前の江戸元禄時代、和紙を使った張子の人形と、木彫りの三春駒(高柴木馬=たかしばきんま)がこの村で作り始められました。古く縄文の頃から土偶は人形の始まりといわれ、やがて木を人の形に彫った木偶も現れて「デク(でく)」または「デコ(でこ)」と呼ばれ、この高柴村の工人集落も、いつしか「デコ(でこ)屋敷」と呼ばれるようになりました。
 この地で最初に人形作りを始めたのは、三春藩主田村氏の四天王の一人、武将橋本刑部(はしもとぎょうぶ)の一族で、武士を離れて帰農し、農業の傍ら縁起物の人形作りを始めたといわれています。今回「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、デコ屋敷で三春張子と三春駒を伝承する人形師、大黒屋本家21代目当主の橋本彰一(はしもとしょういち)さん。デコ屋敷で最も古いといわれる大黒屋本家の歴史と、ご自身の紹介も兼ねてお話しをお聞きしました。
 「大黒屋本家はデコ屋敷でも最も古く、約300年の歴史があります。最初は土人形から始まり、その後張子人形になったといわれています。今のように一年中人形を作っていた時もあれば、農閑期だけ作っていた等、300年の歴史の中にも、いろいろな状況があったといわれています。こういう仕事の下に生まれたせいか、モノ作りや絵を描くのが好きで、仙台の美術系大学を出てから、県立高校の美術教師を6年程勤め、家族の事情で家に戻って人形師を継ぎ、この道8年程になります。」
 独特の身振りや個性的な表情を持つ三春張子は、木目が柔らかく、彫り易い山柳を使った木型に和紙を貼り、 乾燥した後の紙張りから木型を抜いて膠(にかわ)で切れ目を閉じ、飾り物や持ち物などの部品や小道具を膠で取り組んで原型を作ります。絵付けの下地として膠で溶いた胡粉(ごふん)を刷毛(はけ)で全体に塗り、顔料や染料を使って、慎重に表情を絵付けして作られます。
 日本の「民芸運動」を展開した浜田庄司とバーナード・リーチらが、昭和30年代に高柴村を訪れ、「日本の人形として最も有名な、最も美しいと思われる」と評し、三春人形の伝統を受け継ぐ重責を橋本さんにお聞きすると、
 「伝統を守る形はいろいろあると思っています。過去300年に渡る先祖の代でも、常に新しい発展に繋がる挑戦や試行錯誤を何度となく繰り返しながら今に至っていると思っています。父の代から伝授されたものを次の代へ受け継いでいくことと、私もそこへ新しい発展の何かを加えたいと思っています。新しい張子の可能性に挑んで新しい作品を作ることが、私が考える伝統を守ることで、それが新しい伝統を作ることだと思っています。」
 橋本さんは、先人達も様々な試みをしながら三春人形を発展させてきたはずだと話し、それをカタチにした、新しい発展のお話しを引き続きお聞きしました。