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VALUE VOICE

山梨県立大学 伊藤 洋 学長

vol.30
山梨県立大学

伊藤 洋 学長

景気低迷や人口減少などに苦しむ地方を再生するために、高度な専門知識と実践力を備えた人材を育成し、卒業生に地方に定着してもらう仕組みづくりを構想している山梨県立大学の伊藤洋学長。社会のICT化に伴って地方が直面している課題やそこで公立大学が果たすべき役割について伺いました。

時代の大きな変化に対応できていない「地方」

地方では、景気低迷や人口減少が深刻な問題になっています。

伊藤

ここ数年の地方の衰退ぶりは目を覆いたくなるほどです。さまざまな振興策を政府や自治体が打ち出していますが、なかなか成果が上がっていません。そこには、いろいろな要因があるわけですが、私は、世界的な規模で起こっている大きな時代の変化に地方が対応できていないところに、その根本的な原因があると考えています。

世界的な規模で起こっている変化とは、いったいどのような変化ですか。

伊藤

この変化について理解していただくには、少々、説明が必要です。

伊藤 洋 学長 伊藤 洋 学長

近代以降、私たちが生きてきた世界は「工業化社会」であったわけです。日本でも、明治から富国強兵の政策下で工業化が進められ、戦後は貿易立国として世界に工業製品を輸出してきました。ところが、20世紀の後半になって、「工業化社会」に転機が訪れます。パケット通信の登場です。この技術を利用したインターネットをはじめとするICTが、世界に急速に普及し始めました。私は、これを「情報化」と呼んでいます。「情報化」が世界に及ぼすインパクトは非常に大きなものでした。社会のあり方自体を変容させてしまったのです。こうして生まれつつある、それまで誰も経験したことのない社会が、「情報化社会」です。「工業化社会」から「情報化社会」へ──。これが、いま、世界的な規模で起こっている大きな時代の変化です。

「情報化社会」とは、どのような社会なのか、その具体的な姿はまだ見えてきていません。ただし、「情報化社会」は、「工業化社会」と全く異なった論理で成り立つ社会です。「工業化社会」では、時間と空間が絶対的な条件でしたが、「情報化社会」では、ある意味、時間と空間を超越することができます。実際に、人が行き来したり、モノを動かしたりしなくても、ネットワークによる情報のやりとりだけで経済活動が成立するからです。確かに、インターネットのインフラ整備や回線普及率の面だけみると、日本でも、ずいぶん「情報化」が進んでいるように思えますが、インターネットの利用の実態をみると、必ずしも暮らしを豊かにするために使いこなされているとは言えず、そういう意味では「情報化」はまだまだこれからです。

世界が将来、どのように変化していくのか見通すのは、確かに難しいですね。

伊藤

「工業化社会」から「情報化社会」へと世界が変質していく一方で、工業生産の中心が、先進国から途上国に完全にシフトしてしまう事態も想定されます。日本がアメリカを真似て戦後の工業化を進めたように、実際、途上国はすでに先進国を真似て工業化を進めています。先進国から途上国へ、という技術移転の流れは押しとどめようがありません。近い将来、自動車やエレクトロニクスといった分野でも、生産の中心が、日本から途上国にシフトする可能性があります。賃金が安く、工業生産のポテンシャルを持っている、中国やインド、東南アジアに、日本は太刀打ちできなくなるということです。そもそも、ガソリン自動車が電気自動車に取って代わられる時代が来れば、垂直産業としての自動車産業が今の姿のままで生き残る可能性は低いのです。ガソリン自動車は、あれだけの装置を一台に組み込むから利益が上がるのであって、電気自動車はどう考えても、それだけの装置が必要ではないからです。日本ではこれまでも地方から工場が消え、産業の空洞化が進んできましたが、今後もさらに空洞化が進むのではないでしょうか。

「工業化社会」に生きてきた私たちのパラダイムも変わっていくでしょう。パラダイムとは、ある特定の時代に生きている誰もが疑うことなく、当然のように信じている物事の考え方や価値観のことです。「工業化社会」のパラダイムを象徴するキーワードは、「巨大化」「集中化」「中央集権化」といったものです。これに対して、「情報化社会」のパラダイムは、「分散協調」「地方化」といった正反対のキーワードによって象徴されることになるでしょう。また、「工業化社会」が、大量消費や大量生産によって特徴づけられたのに対し、「情報化社会」では、環境問題への配慮が優先されます。エネルギーや資源の浪費を抑えながら、いかにして豊かな社会を実現するかが、最大のテーマになると考えています。

「工業化社会」の古いパラダイムからの脱却を

こうした世界規模の変化に地方が対応できていないとのご指摘がありましたが、もっと具体的に教えてください。

伊藤

私たちの住む世界が、近代以降の「工業化社会」から、これまで私たちが経験したことのない全く新しい「情報化社会」へと移行しつつあるにもかかわらず、地方は依然として「工業化社会」の考え方、古いパラダイムにどっぷりと浸かったままでいるというのが大きな問題です。そのため、地方は「情報化社会」にさまざまな不適合を起こしています。

伊藤 洋 学長

例えば、地方では、高速道路や新幹線の建設を盛んに要望していますが、こうしたこだわりは、いまなお、時間や空間を絶対視する「工業化社会」のパラダイムから抜け出せていないことを意味しているのかもしれません。山梨県では、リニアモーターカーの誘致に力を入れていますが、これにも私は懐疑的です。リニアモーターカーがなくとも、電子メールを使って、時空の壁を乗り越えることができるからです。スピードを追求するのであれば、ICTの方が効率的で、効果的なのではないでしょうか。現在、航空業界で再編が進んでいる状況をみても分かるはずです。国内外の航空業界の不振も、テロや燃料高だけが理由ではなく、今までフェイス・トゥ・フェイスでなければならなかった打ち合わせの回数が、ICTの発達によって大幅に減っているといった事情も影響しているのだと考えています。

地方がいまだに、中央から流れてくる人やモノを期待しているというのも問題です。確かに、これまでの「工業化社会」では、中央から進出してきた大手メーカーの工場が生み出す雇用や仕事が、地方の経済を潤してきたという状況がありました。しかし、先ほど指摘したように国内の産業の空洞化がさらに進めば、中央から地方へ経済効果が波及するこれまでの構図が崩れ、地方が一層衰退していく恐れがあります。

伊藤 洋(いとう ひろし)

山梨県立大学学長。1940年山梨県生まれ。山梨大学工学部卒業。東北大学大学院工学研究科博士課程修了。専門は電磁界理論。山梨大学で1978年から工学部教授を務め、情報処理センター長、工学部長、副学長を歴任した。山梨県地域産業活性化協議会会長や中部横断道沿線地域活性化構想策定協議会会長などを務める。2009年4月から現職。松尾芭蕉に関するデータベース「芭蕉DB」を運営し、監修した『えんぴつで奥の細道』(ポプラ社)はベストセラーになった。

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