関東病院


神経ブロックとは

痛みとは?

痛みは非常に不愉快で、恐ろしいものです。人はだれでもこの痛みからなんとか逃れたいと思うのも当然です。ところがこの痛みは体の内外で起こる異常を伝える重要な警告反応でもあるのです。目が痛いから眼科、耳が痛いから耳鼻科を訪れてはじめてその異常に気づきます。おそらく痛みがなかったら医師を訪れることはないでしょうし,治療もそれだけおくれるわけです。また痛みが強いと、事の重大性を察知して安静にする。これも大事なことです。生れながらにして痛みの感覚のない人が極めてまれに報告されますが、そういう人は長くは生きられません。けがをしても、やけどをしてもわからないからです。痛みの感覚があれば体に害になる出来事からこれを避け、体を保護することができるわけです。

癌(がん)は初期のうちはなかなか痛みがでません。ある程度進行してから痛みがでて、異常に気づいたときはすでに手遅れになってしまうこともあります。もし癌での早期に痛みという警告が発せられていたら、その癌の診断は順調に進み、おそらく大勢の人がすくわれたに違いありません。このように痛みは生体にとって非常に役立っているのです。しかし、痛みの刺激が非常に強いとか、がんこに長く続くと、こんどはいろいろな害がめだってきます。そしてもはや警告反応などと理解できない場合がたくさんあります。たとえば顔の痛みである三叉神経痛では強烈な発作的な痛みから食べることも出来ないので栄養がとれなくなるし、あまりにも痛くて不安と恐怖感がつのり、ついには自殺まで企てることがあります。このために痛みの原因があれば、その原因を取り除けば、もちろん直ちに痛みを取り除くことができます。しかし、その痛みの原因が根絶できなくても、とにかく痛みを取るということは非常に重要で、痛みを取ることによって、日常生活を送れるようになりますし、仕事に復帰することもできます。以上のように、古くから痛みを取ることは医師に課せられた重要な使命であり、また任務でもあるのです。この痛みを根本的に治療するには,痛みがどんなしくみで、どんな風に感じられるかをよく理解する必要があります。これらのことについては世界中の学者が真剣に取り組んでいるので、かなりのことがわかってきました。

しかし痛みとは何かということになると、その本体はなお依然としてわかっていないというのが本当かも知れません。痛みの研究の困難な理由の一つに、動物実験がうまくゆかないということがあげられるかと思いま。動物は痛いとはいわないのでその行動から判断するしかないわけですが、それも本当に痛みのためなのかどうか区別しにくいのです。また、痛みには、糖尿病の血糖値や高血圧の血圧のような、絶対値というものがありません。そういうわけで現段階でもなお、痛みを完璧に測定することができません。すなわち、ある人が痛いと言っても、どのくらいの痛みなのか計る測定器がありません。もし、そのような計測が可能になれば、医師が時に口にする「そんな痛いはずがない」などという無情な言葉はなくなるでしょう。以上、痛みの重要性について述べました。

痛みは,病気の到来をいち早く知らせてくれる大事な信号です。 痛みは,病気の到来をいち早く知らせてくれる大事な信号です。

注射器の発明

痛みを和げるとか、鎮める方法は人類の歴史が始まると同時に、生活のなかで大切な座をしめ、真剣に取り組まれたに違いありません。大昔は痛みそのものが病気と考えられたし、痛みはすべて罪のためで、悪病の体内侵入がその報復であると考えられていました。これを除くには、当然お祈り、宗教的な儀式も行われ、祈とう師が活躍したことも十分うなずけます。そして鎮痛のための薬が見いだされるまでは、主に物理的な方法で痛みの治療が行われております。それは痛いところを温めるとか冷やす、あるいはさすったりマッサージを行うなどで、現在でも行われているところです。また神経や血管を押して圧迫することにより無痛の得られることも応用されたし、暴力をもって気絶させ、その間に抜歯とか割礼の行われたぶっそうな時代もありました。ところで人間生活、すなわち耕すとか食べることから、次第に薬物の歴史が展開されるのですが、痛みにもいち早くこれがとり入いられております。何かを飲んで痛みを和げるとなると、まずアルコールがあげられるでしょう。果汁や穀物の発酵から得られたものを飲むと、痛みの感じ方が弱くなることを、古代の人々は当然気づいていました。事実、19世紀に入って外科手術の麻酔にもアルコールが用いられております。人間の生活に最も関係の深かった植物の根や葉や実に、痛みを和げる作用のあることに注目したのも当然です。すでに昔の人は「まんだらげ」とか「けし」を鎮痛薬として用いたといわれております。

この「けし」の歴史は非常に古く、その未熟な果皮を傷つけて出る乳液を乾燥させたものが阿(あ)片であり、それをさらに加工して分離純化したのが阿片アルカロイドで、その代表的な一つが今日用いられているモルヒネで、癌の痛みにも使われております。現在、難治性の慢性痛にも使用されつつあります。これらの鎮痛薬は口から飲んで服用するとか、皮膚に塗るという方法でしたが、やがて体内に注射するという画期的な方法が考えられました。それにはまず注射器と注射針が発明されなければなりません。17世紀には粗製の注射器が発明されたのですが、なぜかその後二百年も顧みられないで、19世紀にやっとガラスの注射器が考案されました。その後すぐスコットランドの一内科医が、今日みられるようなピストンとしての内腔(こう)のある注射針を発明して、ようやく普及するようになりました。

これは、今からわずか120年前のことです。人間は蜂(はち)が刺すとか、蛇(へび)が噛(か)みついて毒を注入することなどをみて、早くからヒントが得られたであろうと思われますが、この発明は遅すぎた感があります。

この注射器と針の考案は大変なもので、これによる皮下、血管への鎮痛薬などの投与が少量で副作用も少なく、そしてすぐ効果がでるという特徴をもたらしたわけです。それよりもさらに、あとで詳しくお話しする神経ブロックという方法を可能にした意義は大きいといわねばなりません。

使用される薬液

神経ブロック療法に使用される薬液は大別して局所麻酔薬と神経破壊薬の二つになります。局所麻酔薬は歯医者さんの治療などに使用されるものと同じで、使用後時間がたてばすっかり元に戻る安全な薬です。神経ブロックの種類、疾患、年齢、部位などによって、局所麻酔の濃度、量を選択して用います。このように、局所麻酔薬はペインクリニックで最も多く用いられる薬液です。

次に長期間有効を期待して用いられる薬液に神経破壊薬があります。この訳語も適当ではなく、一般には大変に怖い響きがあると思いますが、これは神経を長期間遮断する(神経の興奮を伝えなくする)薬という意味であります。しかし、この使用は比較的限られており、使用量も極めて少ないし、慎重に使用されるので怖いことはありません。神経破壊薬としては現在アルコールとフェノールがよく用いられております。たとえばアルコールは三叉神経痛治療法によく用いられ、わずか0・1ミリリットルの微量で、長期間有効です。

麻薬と局麻薬 局麻薬(局所麻酔薬)は麻薬ではありません。

物理的神経ブロック

今までのお話しは化学的な神経ブロックですが、物理的な方法によっても神経ブロックは可能なのです。たとえば神経を高周波(ラジオ波)で加熱していくとやはり興奮伝導は遮断されます。現在行われている高周波熱凝固法はブロック針の先端(4mm)のみが電気的に加熱できるようになっており、これを神経に接近させます。位置が決まったら摂氏42〜90度で15〜180秒の間で加熱できますので非常に調節性に富んでいます。この方法は三叉神経痛や椎間関節症の治療などに用いられますが、アルコールとほぼ同様の遮断効果が得られ,さらに安全に治療を行うことができます。又、高周波の電流を間欠的(パルス法)に神経に流して、神経を刺激しながら痛みを軽くする方法も新たに開発されました。

この物理的方法にはそれぞれ長所短所があって、これを巧みにつかいわけるのです。したがって広い意味での神経ブロックはこれらの物理的方法を含み、狭い意味での神経ブロックは化学的ブロックのみを指します。なお手術的にメスで神経を切ることも遮断ですが、これは神経ブロックとは呼びません。

慢性疼痛こそが

痛みは急性の痛みと慢性の痛みとに分けることができます.急性の痛みとは、たとえば、急におなかが痛くなったとか、激しい頭痛が突然おこったというような場合です。これらの痛みに対して、この三十年間、診断学は非常に進んでおり、それぞれの専門家で適切な診断法が能率よく行われています。そして、その痛みの原因が何であるかが追求され、それに対する根本的な治療が行われます。たとえば、胃に穴があく(胃穿孔)ことによるおなかの痛みであれば、直ちに外科手術が行われるし、急激な頭痛が脳動脈瘤によるものであれば脳外科の手術という具合です。また感染による痛みであれば、抗生物質の進歩により対策がたてられます。もちろん、診断のつかない痛みもありますが、がいして急性の痛みに対しては医師も情熱をもって対処し良好な結果が得られております。

これに対して慢性の痛みは大変多くの問題をかかえております。その診断には急性のときの痛みとは異なり、癒りにくい、痛くて働けないなどで、各国ともその対策に頭を痛めているところです。この慢性の痛みの病気は多くてあげきれませんが、たとえばつぎのような場合です。交通外傷などのけがや手術をうけたあとの長びく痛み、片頭痛などの慢性の頭痛や顔の痛み,脊椎の変形など年をとって起こる病気による頚(くび)・肩・上肢・胸・腰・下肢の痛み、職業に起因すると考えられる頚肩腕障害、血液の循環障害からくる痛み、三叉(さ)神経痛や帯状疱疹のあとの神経痛、リューマチや癌などによる痛みです。これらの痛みの対策として、原因が明らかであればそれを取り除くことが第一です。原因がわかっても取り除けない、あるいはわからないときは痛みの治療が主になってきます。対策としてさらに重要なことに,慢性の痛みにならないように予防することがあげられます。たとえば帯状疱疹にかかるのはやむを得ないとしても、そのあと神経痛にならないように痛みの治療をするということなどです。以上、慢性の痛みの治療に多くの努力がなされているのにもかかわらず、なかなか癒らない痛みのあることも事実です。治療期間も長く、病院を転々としたりしてその治療費も大変な額になります。同時に痛みのために働けない、十分活躍ができない,根気が続かないなどのための経済的損失もまたばく大といわねばなりません。現在米国では六千万人が慢性の痛みで悩んでおり、これらの医療費、痛みのために働けないなどのための国家経済的損失は、実に年間六百億ドルに達していると述べております。これは日本円にして約十兆円という大変な金額です。わが国におけるこのような試算はみられませんが、私はおそらく数兆円は越えているのではなかろうかと考えております。

神経刺激

右から刺激がきて神経節に入る 右から刺激がきて神経節に入る

神経節から分かれる多数の神経へ刺激が伝わり痛みなどの刺激が他の神経や神経節に伝達される。そのため痛みがいろいろ修飾されたり、増強されたりします。

痛み(慢性痛)との長い戦いは人間を疲れはてさせる 痛み(慢性痛)との長い戦いは人間を疲れはてさせる・・・・。

ペインクリニックとは

『ペインクリニック』という言葉は,比較的耳新しいし横文字をカタカナにしたことから、なんとなくとりつきにくいことでしょう。『ペイン』は痛みの意味ですから、痛みのクリニック、痛みの診療所ということになります。痛みの患者さんを大勢診療しているところはすべてペインクリニックかと思われますが、決してそうではありません。ペインクリニックとは、神経ブロック法を応用して、主に痛みの診断と治療を行うクリニックということになります。したがって他の薬物療法や理学療法、あるいはハリ治療なども併用されることはあるとしても、その診療の主体をなすものはあくまで神経ブロック法であります。この神経ブロックの『ブロック』には塊の意味もありますが、ここでは遮断を意味します。神経ブロックとは、皮膚から注射針を通して、神経に直接あるいはその神経の近くに薬液を注入して、神経の興奮伝導を一時的に遮断してしまうことですが、必ず神経の伝導は元に戻ります。

薬液を、注射針を神経又はその近くに注入するということは,一種の特殊な薬物療法と言えるでしょう。口から入る薬は神経に効くときは,体全体に薬の濃度が薄まって効くのと違って、神経ブロックは高濃度の薬液で効きますので鎮痛薬で効かない痛みでも効果をあげることができます。

神経を遮断すると聞けば、一般の方々は非常にこわがりますが、一時的に遮断する方法と長期にわたって遮断する方法があって、それぞれ使用薬液を使いわけるので、すこしも心配はいりません。神経ブロック法は必ずしも痛みの治療だけに有効なのではなく、痛み以外のたとえば顔面神経麻痺や、顔面痙攣、突発性難聴などにも行われます。ペインクリニックの日本語訳はむずかしいですが、簡単に言えば『神経ブロックにより各疾患の診断と治療を専門に行う科』ということになります。現在ではペインクリニックは単にその診療の場をあらわすだけでなく、その診療法とか学問的守備範囲をひとくくりにして表現しており、そのまま科名としても使用することにしております。これまでの診療科名は眼科とか消化器内科,腎臓内科というように臓器別にわけられた科と、放射線科とかリハビリテーション科のように診療手段によって分けられた科と二大別できます。ペインクリニック科は主に多数の疾患にまたがる慢性痛の診断と診療手段によってわけられた科で、診断と同時に治療にも重点をおいた科ということが出来ます。ペインクリニックというのは、痛みの診断と治療を行う科ということになるでしょう。

そのため、慢性痛などがどのような原因で起きているのかを、冷静さと共感との間の中間的な態度で診察します。診断は、痛みの原因と心理的な面とを評価しながら同時に行います。それによって、ペインクリニックの治療方針が決定されます。

ペインクリニックの誕生

ペインクリニックの誕生を述べる前にまず神経ブロックの歴史をながめてみましょう。1855年に注射筒と注射針が考案されたことは非常に画期的なことであったのですが、その後40年間は大した成果があがりませんでした。コカインが作られてからはじめて神経ブロックが診療に応用されるようになりました。しかしコカインでは十分な効果が達せられず、1905年、ノボカインが合成されます。これが局所麻酔薬として最初の地位を獲得するわけですが、それより下半身の痲酔に使われる脊椎麻酔などがすでに行われていました。局所麻酔薬のみでなく、さらに効果を長びかせるためのアルコールによる神経破壊が注目され、1900年には、三叉(さ)神経痛に、1911年には結核による耐え難い痛みに対しての上喉頭神経ブロックとして用いられております。輝かしい業績の一つは1922年、種々の腹部疾患に対する鑑別診断として傍脊椎神経ブロックが用いられたことで、今日行われている交感神経節ブロックもすでにそのころ報告されております。1931年になってドリオッチにより硬膜外ブロックが確立され外科手術の麻酔だけでなく痛みの治療にも貢献しました。さらに癌の痛みに対するアルコールによる、くも膜下ブロックも優れた研究といわねばなりません。かくして1936年にロベンシュテインがニューヨーク大学に最初のペインクリニックを設立したと言われております。そしてこの領域は第二次世界大戦以後各国で注目されるようになりました。

我が国にペインクリニックが誕生したのは昭和37年(1962年)で,東京大学に麻酔科の外来として発足したのが最初です。以来、各大学病院に続々とペインクリニック部門がおかれ、現在では規模の大小はあれ,ほとんどの大学、官公私立の大きな病院で麻酔科のあるところにはこの療法をうける、あるいは相談にのっていただけるようになっております。またペインクリニックで開業している医院も増えつつあります。

このようにわが国にペインクリニックが発足してから42年もたつにもかかわらず、各施設のペインクリニックは決して充実しているとはいえません。次の項目で述べるように必要性があり、着々とその成果が明らかになっているにもかかわらず、予期した発展をみておりません。また、ペインクリニックはまだ医師の間にも十分の理解を得られていないのが現状です。

私たちのペインクリニック科は28年前の昭和51年(1976年)に麻酔科から独立し、ペインクリニック科として、その診療、研究、医師の教育に専念し、痛みの診断と治療への豊富な経験を積んでおります。

ペインクリニックがなぜ必要か

昔のある雑誌の読者欄で次のような女性の投書をみたことがあります。『主人は急に体の具合が悪なり、ある大学病院に入院しました。胃・肝・膵・腎臓などのあらゆる専門家が入れかわり立ちかわりやって来て下さって、ついに膵臓癌ということがわかりました。そのころから腹部の痛みはますます強くなり、再三主治医にこの痛みはなんとかなりませんかと頼みました。しかし、どうにも打つ手はないということで、大変苦しみながら亡くなりました。心臓移植のできるほど医学の進んだ今日、診療科も細分化され、それぞれ立派な専門家がおられるのに、この痛みに対しての専門家、診療科はいっさい存在しないのでしょうか』という内容です。このなかで述べられている痛みの専門家がまさしくペインクリニシャンで、これを担当するのがペインクリニック科なのです。現在は、モルヒネが使用されるようになりましたので、昔より痛みは少なくなったと思われます。また、緩和ケアもありますので対策もあるでしょう。しかし、モルヒネの副作用で多く飲めない方がいらっしゃいます。このような方は神経ブロックと併用しますと、薬の量を減らすことができます。

ところで、前述の投書からも明らかなように、疼痛に対する医療体制はまだ遅れているところがあります。それには次のことも関連していると考えられます。これまでの医学が診断に重きをおきすぎ、痛みの治療に力が及ばなかったことです。現に疼痛治療学というような講座はどこの大学にもありません。次に痛みの治療があまりにも薬物療法に偏り過ぎ、すべて鎮痛薬をはじめとする薬物療法の枠内で解決しようとしたところに無理があります。そして薬が効かなかったら手術という発想が支配的であったことも否定できません。そこで薬物療法でもない、手術療法でもない、その中間に位置する神経ブロック療法が重要な意義をもってくるのです。

ペインクリニックでは鎮痛薬をはじめとする飲み薬は、神経ブロックの効果を高めるために使用します。我々は神経ブロックとともに必要な薬を必要なだけ使って痛みを取り除きます。また痛みをとるために神経を切除するような手術も、現在ではほとんど神経ブロックにおきかわったとみてよいでしょう。理想的には臨床各科の医師がすべてこの神経ブロック法を修練し、日常臨床で縦横に応用し、診療効果をあげることです。しかし、このことは何年たってもまず不可能でしょう。その理由として各科の医師が忙しい臨床の片手間に会得できるほど、神経ブロック法は簡単ではないからです。こうなると、やはり診療各科からの紹介、要望に答え得る、独立した診療科が必要となってくるのです。当然、専門的な性格をもちますが、その診療の目的に添った設備の整った診療の場と入院病室が要ります。最も重要なのは痛みの診療に情熱をもち痛みに悩む患者さんをよく理解する医師と看護師の配置です。

外科とペインクリニック科と内科
内科でも外科でもない第3の科、ペインクリニック。

悪循環を断つ

神経ブロック療法において最も多く用いられる薬液は、局所麻酔薬です.この薬の質は非常によくなっており、種類にもよりますが、2〜3時間効いて、そのあと何も残さず元にもどるのが特徴です。一定時間しか効かない局所麻酔薬を用いてブロック(遮断)を行っているのに、どうして長年の痛みがとれてしまったりするのでしょうか。それは悪循環に陥っている痛み反射路を、この局所麻酔薬による神経ブロックで遮断してしまうからです。すなわち痛みがある結果をひき起こし、その結果がまた痛みの原因となるという悪循環をブロックで断ち切って、治癒に向かわせるのです。

たとえば、足の骨を折ったとすると、その刺激は神経を伝わって脊髄に入り、一部は脳に達し、痛みとして感じられます。一部は脊髄の反射路を介して、その骨折の部位を支配する運動神経や交感神経を刺激します。すると筋肉や血管の攣縮が起って血行が悪くなり、酸素の不足や代謝産物の蓄積を招きます。これらがまた痛みの原因となり、一層痛みを強くします。そしてこの強い痛みがさらに運動神経・交感神経を刺激して、ますます痛みはエスカレートすることになります。交感神経の刺激は、汗腺にも作用して発汗を促進します。よく痛みで苦しむと玉の汗をかくことがありますが、このためです。以上のような悪循環をどこかで断ち切ってあげることが痛みの治療につながります。神経ブロックはこの痛みの悪循環の経路を重点的に確実に遮断できる点に意義があるのです。

腰が痛い、肩が痛い、けがのあと、手術のあとで、ますます痛みが強くなってくるのは、ほとんど痛みの悪循環によるもので、日常診療の大半はこの現象に対処しているといってよいでしょう.この場合は神経破壊薬などの長期間効く薬液でなく、局所麻酔薬での神経ブロックのくり返しで十分に目的を達します。 長く効かせたい場合は、高周波熱凝固法という物理的な熱で神経を遮断します。

たとえば三叉(さ)神経痛に対しては70〜90度で120秒ほど加温して治療します。一回のブロックで、平均2年、長い場合は5年以上の長期有効を期待できます.また腰の痛みである椎間関節の痛みに対しては、腰の関節の痛みを支配している後枝内側枝の神経を高周波の熱で遮断すると,約一年の効果を期待することができます。神経ブロックのなかでも注目されているのが交感神経節ブロックです。幸い人体には大きく頚・胸・内臓・腰の四カ所に交感神経節があります。これをブロックすると、知覚や運動には全く関係がなく、それぞれの支配領域の血行をよくし、痛みの伝導も遮断できます。内臓を支配する交感神経節をブロックすると内臓の癌の痛みをとり除くことができます。 また、帯状疱疹の治療では、交感神経節ブロックで痛みをとり、血行をよくするため自然治癒力を促進する意義は最も強調されてよいでしょう。

神経ブロックの種類

神経ブロック法には約50種あります。現在行われているのは約20種で、大別すると体性神経(知覚・運動)ブロックと交感神経ブロック及びそれらを混合したブロックです。この中で非常に注目されているのが交感神経節ブロックで、人体では頚・胸・内臓・腰、仙骨部の5カ所で、それぞれをブロックできるようになっております。このブロックは知覚や運動神経には影響がなく、それぞれの支配領域の血行をよくし、痛みを遮断し、炎症を抑え,自然治癒力を促進します。頚部の星状神経節ブロックや硬膜外ブロックが現在では多く行われています。

神経根 交感神経

腰部の交感神経が腰椎の前のほうにある。腰部交感神経ブロックは、末梢血行障害、下肢の神経因性疼痛,脊柱管狭窄症などに適応がある。

神経ブロック療法が注目されるのは

従来の薬物療法の限界と副作用や手術療法、ことに除痛手術の限界などから本法が注目されだしたといってよいでしょう。実際の日常診療でも、腰椎椎間板ヘルニアの多くは時間が立てば良くなることが証明されているため、神経ブロックのような強力な鎮痛法で、ある一定期間治療すれば良いと言うことになります。 糖尿病をはじめとして種々の疾患で薬物療法が制約を受けることがありますが、神経ブロック療法は余り制約なく行うことができます。次に多くの神経ブロック療法はすぐに効果がでるという特徴があります。たとえば三叉神経痛に対してはブロックを行った直後から痛みが消えます。さらに神経ブロック療法は多額の経費がかからないということです。設備や使用器具に特殊な高価なものを必要としないし、また、使用薬液は極めて安価です。X線情報を得て神経ブロックを行う場合には中央化された設備で行えばよいわけで、相対的に医療費の高騰を抑えるのに役立つでしょう。また超音波(エコー)を利用して、神経を見ながら、安全に神経ブロックも開発され現在行われています。

適応となる疾患

神経ブロックの最もよい適応は三叉神経痛で、診断が正しく、ブロックが確実に行われたときは、必ず鎮痛が得られます。次は癌性疼痛で、ペインクリニックで最も真剣に取り組むべき課題だと考えられます。

帯状疱疹に対しては、帯状疱疹後神経痛に移行させないためにも神経ブロックが最もよい治療法でしょう。顔面神経麻痺にはたくさんの治療法が行われておりますが、私たちは約7000例の経験から、星状神経節ブロック療法がより効果的と考えております。次に四肢血行障害、ことにバージャー病、閉塞性動脈硬化症、レイノー病、急性動脈閉塞症などが対象となります.外傷後、手術後などにひき起こされるカウザルギー(CRPS)も、すでに年余を経た例は難治であるため、発症直後の交感神経節ブロックが効果的と考えられます。

くつずれは、傷による一般的な痛みである。 くつずれは、傷による一般的な痛みである。

足が切断されても足があるように痛いという幻肢痛(神経因性疼痛)で傷もないのに痛く感じます。 足が切断されても足があるように痛いという幻肢痛(神経因性疼痛)で傷もないのに痛く感じます。

腰下肢痛は極めて多い疾患ですが、椎間板ヘルニアの手術を行う前に神経ブロック療法を試みるべきです。坐骨神経痛には,神経根ブロックを行って、1度で痛みが軽くなることがあります。又ヘルニアは、最近自分の体の中でヘルニアを小さくする作用があることがMRIによりわかってきており、ヘルニアが小さくなって良くなるまでの鎮痛には神経ブロックが最適と考えています。脊柱管狭窄症で起こる症状で、歩いていると足がつって立ち止まってしまいますが、休むと又歩けるようになるという間欠跛行が神経ブロックで良くなります。又脊椎手術後の難治性の痛みに対しても,脊髄刺激装置埋め込み術やエピドラスコピーなどが行われて痛みが軽くなります。

脊髄刺激装置埋め込み術に使用する4極の電線(プラチナ)である。 脊髄刺激装置埋め込み術に使用する4極の電線(プラチナ)である。

骨粗鬆症の方が新たに圧迫骨折を起こしますと痛みが強くて身動きできなくなります。この圧迫骨折部に骨セメントを少量注入して,圧迫骨折を直す経皮的椎体形成術があります。この方法を行いますと,痛みが即座に軽快します。

経皮的椎体形成術で骨セメントを注入

経皮的椎体形成術で骨セメントを注入して、圧迫骨折した背骨を直して痛みを軽くします。

また、がんや多発性骨髄腫などが脊椎に転移して痛みを起した場合も、骨セメントを注入すると動くときの痛みがすぐに軽くなります。

又、40-60歳台の方で首、肩、腕が痛くて寝られないことがあります。この方に、レントゲンテレビや超音波(エコー)で見ながら、首から腕にいく神経の束(腕神経叢)にブロック(30秒で終了)を行いますと,早期に軽くなります。また、肩関節、股関節、坐骨神経、手の神経など関節や神経を画像で見ながら針先を見ながらピンポイントで安全にブロックします。