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麻酔科医の役割

川島 康男先生のお話

私達の仕事の内容を一般の方にご説明する時に、私達はよくパイロットを例にあげさせていただいています。あなたが手術を受けている間、パイロットが気流に立ち向かうように、あなたの状態と手術の状態を見ながら心臓の動き、呼吸状態、血圧等を監視、コントロールしているからです。

『麻酔薬を含め麻酔中に使用される薬物は、十数秒ないし数分で最大の効果を発揮するものが大部分です。したがって麻酔中は麻酔の深さを時事刻々チェックし、麻酔薬の投与量を調節して望ましいレベルに保つと同時に、患者さんの変化に応じて各種薬物を正確に静脈内へ投与し、その反応を直ちに確認し、追加投与量を決め、あるいは薬の種類を変更し、輸液(点滴)、輸血速度を増し、吸入酸素濃度を上昇させ、人工呼吸を行って、生命の安全をはかる必要があるのです。

麻酔科医はどんな簡単な手術でも、麻酔開始から終了まで片時も患者さんの側を離れません。片方の耳に特殊な聴診器を差し込んで、心音と呼吸音を常にモニターしています。血圧、心拍数は最低5分毎に、呼吸数、体温は15分毎に測定しています。逆に言えば手術中の患者さんの状態は時事刻々それほど変化し続けていることを示しています。皆様方の周囲に親切な医師も多くいらっしゃることでしょうが、一時間も皆様に聴診器を当て続けて下さった医師がいらしたでしょうか。一時間に12回も血圧を測定して下さった医師がいらしたでしょうか?10時間を超える手術でも麻酔科医はこれを続けるのです。大手術になりますと、血圧の波形、心電図をブラウン管上に連続して流し横目でにらんでいます。尿量、出血量、も瀕回に計測します。必要に応じて採血し、貧血の程度、電解質濃度、血液の酸性度、アルカリ度、血液の酸素結合度、肺よりの炭酸ガス排出度なども調べます。このように敏捷かつ正確さを要求される仕事を、術者(外科医)が手術を行いながら平行して行うことは不可能です。術者を手術に専念させ、手術中の全身管理を一手に引き受けているのが、麻酔科医なのです。皆様方はいつ如何なる時でも、身の危険に対して、ご自身の力でご自身の最善と思われる方法で対処されてきたと思います。恐らく自分の力でほとんど対処できない唯一の状況は、パイロットに運命を委ねてジェット機で飛んでいく時ぐらいでしょうが、全身麻酔下では、ご自分の生命が危険に曝されていることを、自分で感じ取ることさえもできないのです。手術を受けている自分とは別のもう一人の自分がいれば、その分身は危険を感じとるために全精力を傾け、危険の発生を未然に防ぎ、あるいは最善の治療を行って、自分の生命を守ろうとするでしょう。そのもう一人の自分の役割を果たしているのが、麻酔科医だとお考え下さい。現在のパイロットはは何百人の生命をまとめて面倒をみているわけですが、麻酔科医はあなた一人の生命を護り通すことが使命なのです。』

『パイロットと麻酔科医』より

麻酔ってなに?

麻酔ってなに?

昔から、痛みのない手術は人間の夢でした。昔の人は、草木の葉、根、実、皮などを煎じたり、いろいろなお酒を作って、痛みを和らげる方法の一つとして用いてきました。これを動物実験を繰り返して科学的に研究し、今日では安全性の高い全身麻酔薬や局所麻酔薬が開発、研究され用いられるようになりました。

手術のための麻酔は、大まかに全身麻酔局所麻酔とに分類されます。全身麻酔は患者さんに吸入麻酔薬という肺から吸い込むガス麻酔薬を吸ってもらったり、患者さんの静脈に静脈麻酔薬を注入したりして血液中に麻酔薬を送りこみ、一時的に脳を麻痺させる方法です。局所麻酔は脳を麻痺させるのではなく、手術をする部分の痛みを脳に伝える神経を一時的に麻痺させて、痛みの伝わりを断つ方法です。今日では、この全身麻酔法に局所麻酔法もあわせて行い、手術中はもちろん、全身麻酔から醒めてからも局所麻酔が手術後の痛みを和らげるような方法がとられるようになりました。患者さんが受ける手術の種類、患者さんの健康状態などから、一番患者さんに負担が少なく安全と思われる麻酔法を考えて選択しています。

では、具体的な例をあげて麻酔法の説明をしていきます。

(1) あなたが扁桃腺摘出術をうける成人だとしましょう。

私たちが、あなたの手術の麻酔法として選択するのは、 全身麻酔法です。その中でも患者さんの気管の中にチューブを挿入して、そこから麻酔ガスを吸ってもらう 気管内挿管全身麻酔法です。全身麻酔がかかると、麻酔薬の影響で呼吸が非常に弱くなったり、手術操作上の必要性や、麻酔薬の投与量をなるべく少なくする目的で筋肉を完全に緩めてしまう薬( 筋弛緩薬)を使用することがあるため、呼吸を助ける補助呼吸人工呼吸をする必要が生じてきます。補助呼吸も人工呼吸も顔に麻酔用のマスクをあてることで可能ですが、より長い時間、安全に呼吸の管理を行うためには、口の中から気管の中に塩化ビニールのチューブを入れてそこから肺の中に酸素を送りこむ方法が最善と考えられます。 最近では、口の中に入ってしまい気管の入り口だけをカバーして呼吸をさせることができる ラリンジアルマスクというものがよく使用されており、これは気管内挿管法より刺激が少なく、気管にチューブをいれるのが困難な場合でも比較的簡単に人工呼吸ができるという利点があります。しかし、扁桃腺摘出術のような口の中を手術するような場合には手術の邪魔になってしまい使用できません。さて、長くなりましたが、あなたが 気管内挿管全身麻酔法を選択された理由が少しはお分かりいただけたと思います。

さて、それでは実際はどのようにして麻酔がかかるのでしょうか。

まず、手術室に向かう30分ぐらい前に麻酔前投薬という薬を注射します。読んで字のごとく麻酔の前に投与される薬ですが、その目的はドキドキして手術を待っている患者さんに少しだけ眠くなってもらうことと、麻酔操作の必要上、口の中の唾液の分泌を抑え、徐脈(脈拍が遅くなること)などの有害な反射が起こらないようにすることにあります。この注射はおしりや肩の筋肉にうたれますが、ちょっと痛い注射です。
さあ、いよいよ手術室に向かいます。ストレッチャーという台車に乗って病室を出発です。このころには、前投薬の影響でちょっと眠く、口の中が乾いた感じがしますが、心配はありません。
手術室に入ると、担当の麻酔科医と看護師さんが笑顔でお迎えします。お名前を確認させていただいた後、手術室のベッドに移動していただきます。麻酔科医、看護婦さんがお手伝いします。ベットに寝ていただいてから、心電図血圧計、指先に酸素モニター(酸素飽和度計)をつけさせていただきます。点滴がとられていなければ、多くは腕の静脈から点滴をとります。
これからが、全身麻酔の始まりです。まず、患者さんの肺の中を酸素でいっぱいにするためにお顔に麻酔用のビニールマスクをあてますので、大きな呼吸を続けていて下さい。
麻酔科医が点滴の中に全身麻酔用の静脈麻酔薬を注入してから、お名前を呼びます。だんだんと麻酔薬が脳に働いて意識が遠のきますが、お返事ができる間は答えて下さい。患者さんが完全に眠ってしまわれたのを確認してから、挿管操作に必要な筋弛緩薬が注入され、喉頭鏡というものを使用して気管の入り口を確認し、そこからチューブを入れて固定します。これで、人工呼吸が可能になりました。
この操作中はもう患者さんは完全に全身麻酔がかかった状態ですから、全く分かりませんので安心して下さい。このあとは、麻酔状態が継続(麻酔の維持)されるように、麻酔ガスを肺に送り続けるか、静脈麻酔薬を持続的に注入するかして、これを手術が終了するまで続けます。

手術中は、私達麻酔科医が血圧計、心電図、酸素飽和度計などを用いて、患者さんの安全を確認しながら麻酔状態を管理しています。そして、手術終了とともに、麻酔薬の投与を中止します。すると大体10分ぐらいで、意識がはっきりとしてきます。患者さんの呼吸状態が安定してきたのを確認して、気管内に挿入されたチューブを抜去します。この時は、意識はあるものの、もうろうとしていますのでほとんどの方はあとで伺っても覚えていらっしゃいません。これで、全身麻酔は終了ですが、病室に帰っても安全と麻酔科医が判断するまで、約30分ぐらい麻酔後リカバリーという部屋に移動して、全身の状態の監視が続きます。これで異常なしとなれば、病室に帰ることになります。 手術の後は、呼吸の状態が変化しやすいので、手術後数時間は酸素マスクをお顔につけさせていただいています。手術後に、喉に痛みがあったり、痰が多くなったりしますが、これは人工呼吸や麻酔薬などの影響によるものです。翌日には大分楽になりますので、手術後は痰をなるべく吐き出し、深呼吸をこころがけるようにしてください。

気管内挿管全身麻酔法が選ばれる手術にはこの他、頭蓋内の手術、顔面、頚部、胸部、心臓の手術などがあります。

(2) 胃の切除手術を受けるとしたら

私たちが、あなたの手術の麻酔法として選択するのは、 局所麻酔を併用した全身麻酔です。つまり、局所麻酔をしたうえに、さらに全身麻酔もあわせて行う方法です。局所麻酔には 表面麻酔法局所浸潤麻酔法伝達麻酔法(脊椎麻酔法、硬膜外麻酔法、神経叢遮断法) などがありますが、この中であなたに行うのは硬膜外麻酔です。

胃の切除手術を受けるとしたら

脊髄は脳脊髄液を溜めた くも膜下腔という空間の中に保護されていますが、それをさらに包んで保護しているのが硬膜です。
硬膜外腔というのは、その硬膜とそのさらに外側にある黄色靭帯との間にあるスポンジのような空間です。そこに背中から注射して、カテーテルを挿入して、持続的に薬を注入します。
すると薬がスポンジにしみ込むように吸収され、さらに脊髄まで薬が浸透していき、その 薬が滲みた範囲の神経の痛みの伝達が麻痺します。手術の種類に応じて、カテーテルを挿入する場所を変え、痛みが伝わらないで欲しい部分の神経に薬が届くようにします。このカテーテルからの薬の注入は手術が終わり、全身麻酔から醒めても続けられますので、手術後も傷の部分の局所麻酔は継続し、ほとんど痛みを感じないですみます。
では、実際に手術室に入ってからのお話に進みます。
ベットに寝ていただいて、いろいろモニターをつけ、点滴させていただくまでは、(1)と同じです。
それから、ベットの上でネコが縁側で丸くなっているイメージで膝を抱え込んで目はお臍を見るように丸くなっていただきます。硬膜外腔には背中の背骨と背骨との間から注射して到達するので、なるべく丸くなっていただいた方が注射がしやすいのです。丸くなっていただいてから、背中を消毒薬で3回程拭かせていただきます。
そして、まず細い注射で皮膚の麻酔をし、カテーテルを挿入するための針、硬膜外穿刺針を進めていきます。先程の痛み止めの注射が効いていますので、押されるような感じがするだけと思いますが、もし痛むようでしたら、体を動かさずに教えて下さい。
痛みは、ご本人にしか分かりませんので、我慢せずに口で教えて下さい。痛み止めを追加して、痛くないようにして針を進めていきます。硬膜外腔に到達しましたら、その針の中にカテーテルを通して、挿入していきます。狭い空間に物が入りますので、少し重たいような感じがする時がありますが、脇の方などに痺れるような痛みがなければ心配ありません。痛みが走るような感じのある時は、それも教えて下さい。痛みのないようにカテーテルを挿入しなおします。挿入が終わったら、カテーテルが抜けてしまわないように長いテープで固定し、消毒を拭きとって終わりです。カテーテルはとても細いので、そのまま仰向けになることができます。これで、硬膜外麻酔の準備は整いました。硬膜外麻酔にあわせて、全身麻酔を行いますが、これは(1)と同じ手順で行います。

この他、硬膜外麻酔を併用した全身麻酔が選ばれる手術には、他の腹部手術、肺などの胸部手術、股関節などの整形外科手術、子宮などの産婦人科手術、前立腺などの泌尿器外科手術などがあります。

(3) 膝の靭帯の手術を受けるとしたら。

私達が、あなたの麻酔法として選択するのは、脊椎麻酔です。いわゆる、下半身麻酔ですが、 脊髄を保護するために脳脊髄液を溜めているくも膜下腔に局所麻酔薬を少量注入して、 脊髄神経を麻痺させる方法です。
普通は腰椎部で針を刺し、腹部と下肢の神経を麻痺させるので、腰椎麻酔とも呼ばれています。 (2)の硬膜外麻酔の時と同じように背中(腰部)から細い針を注射し、今度はくも膜下腔まで針を進め、針から薬を注入します。薬を注入して数分で下半身が痺れてきます。麻酔効果の広がりを冷たさや、ちくっとした痛みの感じ具合を伺いながら確認させていただきます。麻酔効果が十分と判断されてから、手術が開始されます。患者さんの状態を見ながら、必要があれば、鎮静薬や鎮痛薬を追加します。麻酔科医が全身麻酔が必要と判断された時には、全身麻酔に移行する場合もあります。下半身は痺れて痛みは感じなくても、触っている感覚は最後まで残る事がありますが、心配はありません。麻酔は2〜3時間効果が持続し、完全に感覚がもどるのには、6時間以上かかります。

この他、脊椎麻酔が選ばれる手術には、盲腸などの下腹部の臓器と陰部、骨盤、下肢などの手術があります。

以上、例を挙げて麻酔法の簡単な説明をさせていただきましたが、少しイメージは伝わりましたでしょうか?

今後も、また写真などまぜ込みながら、もっと分りやすい麻酔のお話のページにしていきたいと思っておりますので、御期待下さい。