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陶芸家 安齊賢太

安齊賢太

リセットした気持ちで“一生懸命につくる”触りたくなる器

 大学進学を機に上京して以来、安齊さんは11年振りに郷里郡山に戻り、2010年に2階建ての借家を工房として独立したものの、先行きが見えず、収入が安定していたわけでもありませんでした。早く仕事にしなければという焦りが大きい状況の中、戻ってから半年後に東日本大震災に遭遇します。地震で工房内のさまざまなものが壊れることになったものの、その半面自分の作品についてよく考える時間にもなったと話します。
 「震災後はとにかく時間があったので、いろいろなものを見る機会や時間がすごくたくさんありました。そういった経験がその後の自分の作品に影響していると思います。震災後にいろいろな活動をされている方が頑張っている姿を見る機会が多く、また、僕がたまたま福島に生まれたというだけのことなのですが、そのことだけでいろいろ助けて頂くことが多々ありました。これまでに福島でやってきたのはそのような理由からなのですが、これからここでいろいろやることが、それだけで意味があることなのかなと思います。」
 「今後どうしたいかというのは今と変わらないのですが、僕は好きなことをさせてもらっているので、今まで通りなんとかやっていき、今よりもいいものができるようになればいいと思っています。」
 安齊さんはベストと思って活動していた一方で、見通しが立たず、収入が安定しなかったため、自分の作品を作り続けていく自信を持てないでいましたが、震災を経験したことで気持ちがリセットされ、福島でやる意味が少し強まりました。そして、「それがこれからにつながると思う」と話します。
 安齊さんがつくる作品の特長に、「触りたくなる器」と評される陶胎漆器(とうだいしっき)※1に似た独特の作り方があります。土の結晶化が始まり焼き締まる直前の生地の上に土に糊剤(のりざい)として漆を入れたものを塗って磨く作業を8〜10回繰り返し、最後にそれを焼きつけて少し磨きます。ひとつの作品を作り上げるために約1ヶ月を要します。素材の剥離と強度の実験を何度も繰り返し、普通の陶器にはない軽さと薄さ、そして漆器にはないテクスチャー※2と手触りが独特の雰囲気を持つ作品に仕上げます。それが他の素材にはない表現の仕方や用途など、安齊さんオリジナルの黒い「触りたくなる器」の魅力となっています。
 「つくるものについては、自分の中から素直に出てくる形を作れれば良いと思っています。特長というか、他と変わった部分として、例えば黒い器の場合は土を表面に何度も塗っては磨く作業を繰り返して作りますが、そういうもので出来上がるテクスチャーとか、手触りは他とは少し違うかなと思います。そういう部分でいろいろ楽しんで貰えたらと思っています。」
 一年に数回、東京や関東近県のギャラリーで開催される個展の会場では、殆どのお客さまが興味・関心を持たれ、思わず触れたくなる独特の魅力を秘めた器と評されています。また、プロの目からは“よく売れる器“としても評価されています。和菓子や料理、花道やプロダクトデザイン※3など、プロの職人やデザイナー、写真家などのクリエイターとのコラボレーションも多く、異業種の洗練された審美眼にも適う、リスペクトできる若いクリエイターとして高く評価されています。
 土を仕事として使う安齊さんの工房は無駄なものや汚れたところがなく、使用する道具類も整然ときれいに整頓されています。安齊さんの作品の美しいフォルムや独特の手触りとテクスチャーを作り上げる背景には、この環境に加えてセンスと集中力、そして基本を守って常に学び続ける“一生懸命につくる”姿勢にあると思われました。
※1 陶胎漆器:陶磁器に漆を加飾したもの。※2 テクスチャー:物の表面の質感や色味。※3 プロダクトデザイン:道具、機械、製品などのデザイン

取材後記

今回「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、郡山市の陶芸家 安齊賢太(あんざいけんた)さん。「触りたくなる器」と評される通り、安齊さんがつくる独特のテクスチャーと手触りの黒い器には、殆どの誰もが関心を示します。漆器のような軽さと、思わず目を凝らしてしまうテクスチャー、そして手触り。安齊さんがつくる器を手にすると陶器の概念が変わります。