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星の村天文台台長 大野裕明

大野裕明

地底宇宙のカルスト台地から本物の宇宙を届ける星の村天文台

 福島県東部に広がる阿武隈高原の中央に位置する田村市。大小の山々が連なる丘陵起伏が縦横に連なる地形のなかでも、羊の群のように白い石灰岩が点在する滝根町の仙台平周辺は、大自然の長大な時間によって創られた、幻想的な地底宇宙「あぶくま洞」や「入水鍾乳洞」で広く知られています。
 1992年(平成4年)8月、当時の滝根町町長・蒲生藤湖氏により、「天に星・地に鍾乳洞・人に愛」を柱にした町興しの一環として、澄み切った青空と、緑豊かなあぶくま洞周辺一帯を「星の村」と命名し、あぶくま洞に隣接して「星の村天文台」、「プラネタリウム館」、「TAKINE浪漫館」、そして滝根町を見下ろす山頂の仙台平には「星の村会館」と「星のビレッジ」を整備し、壮大な宇宙に夢とロマンを求める全国の人々にメッセージを送る「星の村」が開村されました。
 この「星の村」の開村のために蒲生氏から相談を受け、現在も星の村天文台台長としてご尽力をされているのが、今回「ふくしま人」へご登場を頂いた、大野裕明(おおのひろあき)さん。大野さんは18歳の頃から、世界的に有名な天体写真家・藤井旭氏に師事。また、元国立科学博物館の隕石研究の権威・村山定男博士にも師事され、天文ファンには有名な「白河天体観測所」の設立メンバーとしても参加。貴重な天体観測のために何度となく海外にも足を運び、数々の貴重な天体写真を書籍・雑誌・ホームページなどで公開されてきました。トレードマークのバンダナを頭に巻いた大野さんに、まず天体に興味を持たれた切っ掛けからお話しをお聞きしました。
 「私は昭和23年生まれの団塊の世代ですが、福島第二小学校の高学年担任が理科系の椿先生で、休み時間に『お〜い、集まれ〜』と言って、窓際に望遠鏡を持ってきて太陽に向け、だるまストーブで真っ黒になった天井に直径1m位の太陽を映し出し、『これが黒点なんだ』と見せてくれました。太陽は今も天体観測では危険な対象物ですが、道具を介することで危険な対象物も安全に見られ、望遠鏡は凄いものだな、太陽を先頭にお星様って凄いものだなと、引きずり込まれるものがありました。」
 大野さんを「天文病」にした張本人の椿先生とは、今も「主治医」としてお付き合いをされていると笑い、授業ではなく、休み時間や放課後に見せて貰ったことが特に天文への興味をそそり、天文台台長となったご自身のように、授業以外での学びが、一生のものとして子供が育つ可能性があると、ご自身の体験と人生観から得たこととして提唱していると話します。
 滝根町の町興しの一環として始まった「星の村」に関わる経緯をお聞きすると、「ある日、『大野さん、ちょっと相談に乗ってもらいたい』と、町長さんから連絡があったんですよ」、と当時を振り返ります。
 「鍾乳洞という“地底の宇宙”があるから、“本物の宇宙”として天文台を作りたいと仰るんですね。どんな望遠鏡を作るかという時に、福島県内で、東北で一番大きいものをということで、口径65cmの反射望遠鏡とさせて頂きました。私の仲間には天文学者や、アマチュアとはいえ、言うなれば“口煩い”人達が多く、なまじ変なものは作れないと思い、反射望遠鏡の命“鏡”は、鏡磨きの名手、池谷彗星を発見された池谷薫さんを指定させて頂きました。」
 開村以来、自分の使命は広告塔のようなものと自嘲しながら、星の村天文台一帯を会場に、彗星や金環・皆既日食、流星群、星雲・星団など、65cm反射望遠鏡を中心に観測会やワークショップを数多く開催する他、天文ファンをアテンドしながら海外への天体ツアーの企画、また、多数の作例を掲載した天体観測の楽しみ方を紹介したガイドブックを度々出版するなど、天文台台長の肩書きの他、著者や天文ジャーナリスト、天体機器アドバイザーなど、全国の天文ファンを牽引する第一線の存在として、様々なメディアで取上げられ活躍されています。