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木口木版画家 野口和洋

野口和洋

版面の闇に精密な光の線に込めて表現する3.11後の福島

 木口木版画は今から220年程前の18世紀末、イギリスのビューイックが発明した印刷技術で、輪切りに切り出した木口板を版木にすることから、黄楊(つげ)や椿、梨、楓(かえで)など、硬質で目が詰った密度のある硬い木材が使用され、表面を光沢が出るまで研磨して版面に墨汁を塗布し、刃先を斜めに切り落としたエッチング用のビュランを使い、全体を握り込むように持って、前方に押し進めながら緻密で繊細な線を彫り上げます。
 「木口木版画は版面が小さく、彫り始めてから彫り終わるまで、非常に緊張を要しますが、その緊張が心地よく感じられれば、そこに創作の喜びがあり、最後の刷りは版画制作全ての喜びで、どんな作品でも刷り上がった時は、いつも嬉しく思います。」
 版面の闇の中に一本一本の細い線を彫って創り上げるのが、木口木版画の魅力と話す野口さんは、これまでに「肖像画シリーズ」と題して、青木繁、中村彝、谷中安規、ブランクーシ、ニコラ・ド・スタールなど、10代からの美術愛好家であるご自身が、内外のリスペクトする芸術家の肖像を木口版画でシリーズ化してきました。
 「ご指導を頂いた柄澤さんの作品の中にも肖像画シリーズがあり、それがとても好きでした。尊敬する芸術家達の絵は知られていても、その肖像は余り知られていないことがあり、その生き方や描かれた絵を木口木版画で表現できないかと思ったのが切っ掛けです。いつも彫っている時には、その作家と心の触れ合いができればという思いで作っています。」
 昨年、3.11の震災と原発事故により、企画の意味や問い直しを迫られて予定を半年遅らせて開催された「版で発信する作家たちAFTER 3.11」の作品は、50年以上の人生で持っていた自信のようなものが、ことごとく根底から崩れた感覚に襲われた後に、これから何を作ればいいのかと思い悩む毎日を経て出来上がった作品と野口さんは話しています。
 3.11がもたらした福島県民の恐怖を抜きには、これからの版画は彫れないと野口さんは話し、ストレートな表現ではなく、木口版画の小さな世界ながら、福島に住む者として、この空気や時代を、独特の精緻な表現で改めて彫り込んでいきたいと意気込みを話しています。

取材後記

今回、「ふくしま人」へご登場を頂いたのは、郡山市で木口木版画(こぐちもくはんが)を創っておられる、版画家の野口和洋さん。たまたま美術誌の広告に載っていた絵に感動し、その作家で版画家の柄澤齊(からさわひとし)氏との出会いが切っ掛けとなり、約10年に渡る郵送の版画指導により、それまでの安定したサラリーマン生活を辞めて版画家の世界に。「無謀」とお互いに笑い飛ばす奥様の童話作家くみこさんと共に、それぞれのスキルを生かした「ふたり展」が人気です。