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国見町「阿津賀志山」

阿津賀志山阿津賀志山

 福島県の最北端、福島盆地が宮城県白石市に接する伊達郡国見町。町の西側の連山が最も平野部へ突き出たところに鎮座する山が、標高289.4mの阿津賀志山(あつかしやま)。山の麓を東北自動車道とJR東北本線、国道4号線が走り、東北地方を往き来する主要な交通網が集中するこの場所は、古くから陸奥国を縦に貫く奥州街道の要衝の地とされてきました。
 1189年(文治5年)、義経の自刃を機に奥州を制圧しようと、鎌倉幕府の源頼朝と奥州を支配していた藤原泰衡との間に阿津賀志山一帯を舞台にした「奥州合戦(奥州征伐)」が起こり、迎え討つ藤原軍により、阿津賀志山の中腹から阿武隈川に至る長さ約3.2kmの二重の空堀と三重の土塁からなる防塁(ぼうるい)が築かれ、8月8日早朝、激戦の火蓋が切られました。
 戦いは3日目の明け方、鳥取越(とっとりごえ=現小坂峠)から迂回した藤原軍後陣への奇襲攻撃と正面総攻撃によって大勢が決し、自軍の大敗を知った泰衡は多賀城から平泉方面へ退却し、散発的な抵抗が続いたものの、頼朝率いる鎌倉軍は8月22日に本拠地平泉に入り、事実上奥州藤原氏の政権は崩壊しました。
 当時、藤原氏によって信夫・伊達・刈田の3郡から約5千人の人夫が集められ、延べ25万人の労力と6ヶ月以上もの日数を要したと推定される防塁が、今も阿津賀志山中腹から阿武隈川の間に点在し、1981年(昭和56年)、阿津賀志山防塁は国の史跡として指定されました。

阿津賀志山展望台からの眺望阿津賀志山展望台からの眺望  地元では「タンガラ山」と呼ばれる町のシンボル、標高289.4mの阿津賀志山山頂の3階建ての展望台からは、福島盆地、吾妻・安達太良連峰を見渡すことができます。

阿津賀志山防塁始点阿津賀志山防塁始点  東北自動車道と並行して走る林道から阿津賀志山へ登る中腹に防塁始点があり、始点から下を眺めると、阿武隈川方面に向って延々と続く空堀の跡が確認できます。

阿津賀志山防塁(国道4号線北側地区)阿津賀志山防塁(国道4号線北側地区)  阿津賀志山中腹の始点から平野部へ続く防塁が、国道4号線に面する所。

阿津賀志山防塁(下二重堀地区)阿津賀志山防塁(下二重堀地区)  防塁が確認できる最東端に位置する下二重堀地区。ここから阿武隈川までは約800m。

お問い合わせ

阿津賀志山(あつかしやま)
国見町 企画情報課企画情報係
住所:〒969-1792 伊達郡国見町大字藤田字観月台15【地図
電話:024-585-2927 E-mail:kikaku@town.kunimi.fukushima.jp
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