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通信偉人伝

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マルコーニ ー航海を支えた無線通信

テレビやラジオ、携帯電話に無線LAN。無線による放送や通信技術は、現代の生活ではもはや欠かせないものとなっている。このような無線通信が誕生したのは、19世紀終盤のことだ。

電波通信を飛躍的に向上させたヘルツとマルコーニの活躍

図 ヘルツの実験装置
ヘルツの実験装置。送信側は電池やコンデンサー、誘導コイル、蓄電球で構成。送信側の電源を入れ放電させると、受信側の受信リングも放電するというものだ。
※蓄電球とは静電気などの実験に用いる球状の装置。金属製または、金属によりメッキが施されている。

世界で初めて電波の実験に成功したのは、ドイツの大学教授であるヘルツ(ハインリヒ・ヘルツ)だ。周波数の単位である「Hz」は、このヘルツの姓から来ている。ヘルツは、1888年に、コンデンサーやコイル、放電球などで構成した送信機で放電させると、リングがこの電波を受信するという実験に成功した。
実際に電波による通信を可能にしたのは、1895年に行われたイタリアのマルコーニ(グリエルモ・マルコーニ)による実験だ。マルコーニの実験では、高さ8mのアンテナを用いて、2.4km離れた間でモールス信号が受信できた。

イギリスの航海を支えたマルコーニの無線電信

実験の成功を元に無線通信を実用化させようと考えたマルコーニは、イタリア政府に支援を求めた。しかし、イタリア国内では、すでに有線による通信が発達していたためか、見向きもされなかった。そこでマルコーニは、イギリスに渡り、1869年、政府の支援を受けて無線電信の特許を取得した。
マルコーニは、公開実験を繰り返し1897年にロンドンに世界初の無線電信会社を設立。1899年には、イギリスとフランス間のドーバー海峡を隔てた通信に成功すると、すぐに民間の船舶やイギリス海軍に採用された。
イギリス政府がマルコーニに支援をしたのは、このように船舶に無線通信を採用するためだったとされている。それまで通信は、陸の上で行うものだった。無線である必要はなかったのだ。そのためイタリア政府が、「有線で足りているから、無線技術はいらない」と考えたのも納得できる。しかし、船舶となると電線を引くわけにはいかない。無線通信は、常に移動する船舶に搭載してこそ本領を発揮することになる。「パクス・ブリタニカ」と称えられた19世紀のイギリスの急速な経済発展を支えたものとして、この無線電信は重要なひとつだった。
1901年には、大西洋を横断するイギリスとカナダ間の3,200kmを隔てた無線通信が成功する。この大西洋を横断する通信では、高さ60mのアンテナを直径60mの円状に建てるという大規模な送信所だった。
その頃には、マルコーニの通信会社は、イギリスを初めとして、フランス、イタリア、アイルランド、ベルギー、カナダに無線局を開設するほどに成長していた。これらの功績が認められ、マルコーニは1909年にノーベル物理学賞を受賞した。

タイタニック号にも搭載されたマルコーニの無線機

イギリス政府がマルコーニを支援したのは、船舶無線の普及のためだとされているが、その重要性を知らしめたのが、豪華客船タイタニック号の沈没だ。
実は、タイタニック号にもマルコーニの通信機が搭載された。タイタニック号は、2200人以上の乗客と乗員を乗せて、1912年4月10日にイギリスのサウサンプトン港から、ニューヨーク港に向けて出港。このタイタニック号の航行中、ルート上の北大西洋に流氷があると無線で警告信号が送信されていた。もちろん、タイタニック号に搭載されていたマルコーニの通信機はこの警告を受信できていたはずだ。しかし、理由は定かではないが、混線や無線機の故障、通信士の見過ごしなどにより、タイタニック号にこの情報は届いていなかったようだ。
その結果、氷山と衝突。しかし、タイタニック号の船長は沈没する前にマルコーニの無線機で救難信号を送り続けた。この救難信号は、近くを航行していた船舶に受信され、救出に向かったことで約700名の命が救われた。
無線技術がうまく使われていれば、タイタニック号は警告信号を受信し、流氷への警戒を強めるなりルートを変更するなりの対応がとれ、多くの命が失われることはなかったはずだ。しかし、沈没した最後の最後、救難信号を発信して約700名の命を助けたのも、無線電信だった。
マルコーニと無線技術にとって、この悲惨な事故は転機となった。多くの命が失われたこのタイタニック号の事故をきっかけに、ヨーロッパやアメリカでは、電波に関する法律が整備され、船舶無線が普及することになる。

ラジオを広めたフェッセンデン

電波による音声の送信、つまりラジオを発明したのは、フェッセンデン(レジナルド・フェッセンデン)だ。フェッセンデンは、少年の頃にベルによる電話の実験を見て感動。電話線を使わない方法で電話が実現できないものかと、エジソンの研究所に就職した。しかし、研究所は財政難で閉鎖し、彼はアメリカの気象庁に転職。この気象庁でフェッセンデンは、1900年、高周波火花送信機を使い、約1.6km離れた地点で無線による音声の送信に、世界で初めて成功した。 1906年には有線電話網との相互接続に成功。同年のクリスマスイブには、フェッセンデン自身が歌った「さやかに星はきらめき」を流した世界初のラジオ放送を行った。
それからしばらくは、アメリカ国内では多くの技術者などが、草の根運動のようにラジオ放送を行っていたが、本格的に商用放送が始まったのは1920年だ。アメリカのペンシルベニア州ピッツバーグで始まったもので、最初の放送は「大統領選挙でハーディングが勝利した」というニュースだった。

今回のキーワード

マルコーニの無線電信機
:マルコーニがイギリス政府からの支援を受け発明した無線電信機。イギリスは、19世紀のパクス・ブリタニカ時代に世界中を船で航行。マルコーニの無線電信機が発明された時代も、世界中に航海に出ていた。その船舶と連絡が取れるマルコーニの無線電信機は画期的な発明だった。
タイタニック号
:1912年に沈没した豪華客船。ここにもマルコーニの無線電信機が搭載されていた。当時、無線電信機は非常に珍しかったため、乗客はタイタニック号乗船の記念にと知人にたくさんの電信を送ったようだ。通信士が大量の電信の送信を行っていたため、氷山の警告信号に気が付かなかったという説もある。

次回予告
ファーンズワース ーテレビの基礎技術“走査線”を考案
テレビの実用化が検討されている1930年頃のこと。そこには、テレビの技術を発明したベアード、ファーンズワース、ツヴォルキンの3人による巧妙な駆け引きがあった。

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参考資料:
小学館 『日本大百科全書』『デジタル大辞泉』
コロナ社 『電気情報通信レクチャーシリーズA-2 電子情報通信技術史 主に日本を中心としたマイルストーン』
筆者プロフィール
安達崇徳(あだちたかのり)
フリーライター。エンジニア時代は、LinuxやRubyなどを用いて業務システムを構築。IT系雑誌に転職してからは、ブロードバンドを普及させようという思いで、ISPの料金表やインターネット接続図の編集を担当した。Webニュースに異動してからも、Wi-Fi、3G、LTE、WiMAXなど、移動や固定にとらわれずネットワークの市場や技術に関して動向を追い、今に至っている。

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