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VALUE VOICE

山梨県立大学 伊藤 洋 学長

vol.30
山梨県立大学

伊藤 洋 学長

景気低迷や人口減少などに苦しむ地方を再生するために、高度な専門知識と実践力を備えた人材を育成し、卒業生に地方に定着してもらう仕組みづくりを構想している山梨県立大学の伊藤洋学長。社会のICT化に伴って地方が直面している課題やそこで公立大学が果たすべき役割について伺いました。

未来の「情報化社会」に適応できる人材を育成

地方が「情報化社会」に対応できていない今、山梨県立大学のような公立大学が果たすべき役割とは何でしょう。

伊藤

世界が「工業化社会」から「情報化社会」に変容していくプロセスについて、そういう方向に私たちが努力して社会を変えていくというイメージは持っていません。むしろ、のっぴきならない状態で社会が動いていく、というイメージです。「工業化社会」のパラダイムが役立たずになって、否応なく、「情報化社会」のパラダイムが必要になっていきます。私たちの目に未来は見えないわけですが、近い将来、「工業化」という日が暮れ、「情報化」という日が昇ってくることが、私たちにも時代の必然と考えることができるようになってきました。しかし、人はフクロウと同じです。宵闇が迫ってこなければ動かないものです。ただしそれでも、私たちのような公立大学は、未来を見透かして、来るべき「情報化社会」にも適応できる人材を育てていかなくてはなりません。

伊藤 洋 学長 伊藤 洋 学長

言ってみれば、これまでの高等教育は、どこかで作られた知識を若者に教え、それを学歴と称して卒業証書を与え、卒業後は、適当な企業に勤めて一生を送ってくださいというスタンスだったわけです。卒業証書さえあれば、中身はなくてもいいということで明治以来やってきわけです。しかし、これからの大学教育では、きちんと卒業生の品質保証ができなくてはいけません。新しいカリキュラムをつくっておく必要もあります。そして、「情報化」への対応が、公立大学における最も重要な教育テーマのひとつです。それは、インターネットを使いこなせればいいという話ではありません。情報リテラシーはもちろん、新しい「情報化社会」で生きていくためのリテラシーが必要です。学生たちには、将来の「情報化社会」で、地域の問題に対して独創的なソリューションを自力で導き出していけるだけのリテラシーを身に付けてもらわなければならないのです。

何事も実践していくことを心がけ、着実に現実の問題を解けるリテラシーを養ってもらわなければなりません。座学だけではなく、学んだことを実際に現実と照らし合わせてみるフィールド学習が必要です。私は、「大学のキャンパスは構内だけではない、山梨県全域がキャンパスなのだ」「山梨県内ならどこでも、自分のキャンパスだと思って、天下御免で歩け」と学生たちに言っています。地元の山梨県知事にも了承を得て、県の行政機関や試験研究機関を学習の場として活用する取り組みも進めているところです。

そうした人材の育成を進める上での課題は何でしょうか。

伊藤

日本では、すでに人口減少が始まっているわけですが、特に地方では人口減少のペースが速くなっています。若者や働き盛りの世代が、東京をはじめとする首都圏に供給されてしまい、こうした人の動きに伴って富も中央に集中しています。つまり、私たちのような地方の大学では、卒業生が地元に定着してくれないという問題があるのです。

例えば、本学の看護学部では、非常にレベルの高い教育を施しており、技術者としての看護師を養成しています。学生たちは、医療における看護の独立という精神で教育を受けているわけです。ところが、地方の医療現場では、看護師を労働者としてしかみていません。そのため、学生たちは、地方は自分たちの働く場所ではないと考えてしまいます。日本の医療は、いまなお「工業化社会」のパラダイムで動いており、非常に中央集権的な性格が強い世界であるため、卒業後に高度な仕事を希望すると、必然的に就職先は首都圏の病院になってしまいます。その結果、地元への定着率は20%ぐらいにとどまっています。県税を投じて養成していながら、大半の卒業生が首都圏に出て行ってしまうわけですから、山梨県としても何とか定着率を押し上げたいと躍起になっています。しかし、学生には、職業選択の自由、居住の自由があるわけだから、どうしようないところもあります。

卒業生の動向で気になる傾向もあります。県外出身の学生よりも、県内出身の学生の方が、就職で県外に出て行く傾向が強いのです。山梨に伝わる武田節には、「おのおの京をめざしつつ」という一節があります。青雲の志を持って都に出る、というのが伝統的に、人々の夢であり、実際に明治以降、たくさんの甲州人が中央に出て、電力や鉄道といった幅広い分野で成功しています。こうした「工業化社会」の精神性が、いまだに地域社会で受け継がれているということなのです。高等教育を受けた学生たちの働く職場が地方に少ないという問題も、看護の世界だけに限ったことではありません。本学では来年度からの法人化に向けて、いま、大学全体として、卒業生の地元定着率を押し上げていこうという議論をしていますが、実に頭の痛い問題です。

若者たちが住みたくなる地域づくりを

地域として「情報化社会」に対応していくには、どうすればいいのでしょうか。

伊藤

若者たちのエネルギーをいかに地域づくりに向けていくかが、第一の関門です。そのためには、子どもの教育から始めるべきだと考えています。子どもたちに、「地方には、夢と希望を持って生きる生き方がある」「地域で頑張っている大人たちがいるのだ」というメッセージを送るのです。私は、山梨県の人材育成の活動にも携わっているのですが、こうした考え方から、小学生を対象にしたインターンシップ制度などの普及に努めています。また、本学の伝統なのですが、学生たちが街に出て、地域の人たちと一緒になって山梨の活性化について考える「よつびし総研」という学生主体の研究室があります。「よつびし」とは、武田家の家紋に由来しているのですが、甲府市内にも学生用のオフィスを持っています。たとえば、市街地がシャッター通りになっている原因の究明といったテーマを決めて、交通統計や店舗が空き店舗化していくまでのプロセスを聞き取り調査するなど地道な研究に取り組んでいます。こうした研究をきっかけに、地域に愛着を持ってもらえればと思っています。

伊藤 洋 学長

地域社会を変える人材を養成するひとつの方法として、これからは社会人教育にも力を入れていきます。大学は124単位を取得すれば卒業できるわけですが、これからは生涯学習の時代です。生涯を通じて単位を取得できる環境が期待されているのではないでしょうか。これは大学全入時代を迎え、大学としての生き残りをかけた経営戦略でもあるのですが、インターネットを通じてハイビジョンで大学の講義を配信するシステムを構築していく計画です。授業が終わると、撮影した映像が自動的にコンテンツとしてサーバーに保管され、学生は復習などに自由に活用でき、遠隔の受講者からは受講料をいただくという仕組みです。

地方分権の議論が盛んですが、交付税が減って財政難に陥っているので、地方分権で何とかしたい、というのが地方の本音であるようにもみえます。しかし、地方が「工業化社会」のパラダイムのまま地方分権を進めても、そんな地方分権に未来はないということを早く理解すべきなのです。地域の活力とは、最終的には人です。若者たちが住みたくなるような地方をつくることが、地方分権の“一丁目1番地”であるはずです。若者たちが喜んで、生き生きと暮らし、地元に定着できるような仕組みをひとつずつ地道に構築していくことによって、「情報化社会」の真の姿が見えてくるのだと思います。

伊藤 洋(いとう ひろし)

山梨県立大学学長。1940年山梨県生まれ。山梨大学工学部卒業。東北大学大学院工学研究科博士課程修了。専門は電磁界理論。山梨大学で1978年から工学部教授を務め、情報処理センター長、工学部長、副学長を歴任した。山梨県地域産業活性化協議会会長や中部横断道沿線地域活性化構想策定協議会会長などを務める。2009年4月から現職。松尾芭蕉に関するデータベース「芭蕉DB」を運営し、監修した『えんぴつで奥の細道』(ポプラ社)はベストセラーになった。

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