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VALUE VOICE vol.15 Chapter1

千葉大学教育学部 鈴木敏恵 特命教授
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千葉大学教育学部
鈴木敏恵 特命教授
意志ある学び―未来教育で「自ら考える力」を実現する!―。
今回は、「意志ある学び」を理念とする「未来教育プロジェクト」の提唱者として「ポートフォリオ評価」「プロジェクト学習」を両輪とするユニークな手法を、全国の教育界に伝え、自らも小学校から大学の教壇に立ちながら実践していらっしゃる千葉大学特命教授の鈴木敏恵先生を、横浜桜木町の風情豊かな港町の伝統を感じるオフィスビルの一室にお訪ねしました。
生命(いのち)ある素材で未来学び舎を
最近は、学校教育のみならず、医師の臨床研修や看護教育に対しても「ポートフォリオ評価や未来教育の手法」を導入し、いまや日本中で顕著な成果を上げていらっしゃいます。
「ポートフォリオ」は、先生のもう一つの顔、建築家の世界では作品集ファイルや実績歴ファイルという意味でもあるそうですが、「プロジェクト学習」と合わせて未来教育の手法を理解する上で、まずは先生の建築哲学を少しお話しいただければ、と思います。
先生のポートフォリオを拝見しますと、学校や教育関係の施設が多いですね。
鈴木

私は未来の学び舎を作りたい、と20年前からずっと提唱し実践してきましたが、ただ未来=テクノロジーというだけではなくて、そこに花鳥風月みたいなものも入れたいと思っています。建築、というよりは、無から有を生みたい。それが未来そのものだからです。
私のねがいは、「学校と病院と刑務所を良くしたい」ということです。
とくに人に知を提供する教育施設を大切に思い、ITや多様なメディアや気持ちの良い空間、生命(いのち)ある素材を使ってそれを表現しています。
たとえばこの未来学び舎のショールームですが、階段部分に古い木造校舎の階段を使いたい、というアイディアが湧き、いろいろと情報を集めて探していたところ、取り壊される木造校舎がみつかりました。それでその階段をいただき、再生したのですが、そのときの心が動いた面白いエピソードをお話しします。

取り壊される予定の古い木造校舎のすぐ近くに、新しい鉄筋の綺麗な校舎がすでに建造されていたのです。そこで私は、近くにいた子どもたちに「古い校舎と新しい校舎、どっちが好き?」と質問してみたのです。そうしたら、みんなが口をそろえて「古い校舎!」と答えたのです。驚いた私は、「どうして古い校舎が好きなの?新しい方が綺麗で気持ちいいでしょ?」とまた聞いてみたところ、「だってね、古い木の校舎は、歩くとギシギシいうから!うれしいんだ!」という答えが返ってきました。
私は、子どもたちの素直な魂があらわれているような言葉に胸をうたれました。
木という生命ある素材は、子どもたちの動作に応えてくれるかのようです。生きている子どもたちと一体となり存在していたのです。子どもたちは、自分が何かしたことに対して反応がある、答えてくれるから好きだ、ということなのです。

生きるということは、誰かが、何かが自分に対して応えてくれることなのではないか、とそのときに思いました。人とか自然とか、自分は一人じゃない、ということを確認できるかのようです。生命あるものとしてのコミュニケーションがそこにはあるのです。
これ以降の作品にも、私はITなどの高機能を盛り込んだ教育施設の中に、自然の姿そのままの生命ある素材(木)を活かしています。学び舎を創造することは未来への種を植えることと信じているから、そこには生命あるものの存在が不可欠と考えているからです。

フィンランドの教育事情
先生のポートフォリオには、フィンランドへ視察に行かれた時の写真やデータもありますね。
鈴木
[写真 鈴木特命教授]

2005年の9月と12月の2回、行きました。北欧の小国ながら、経済、福祉、ITと世界トップのフィンランドには、リナックスが生まれた国として、以前から関心がありました。フィンランドは情報リテラシーの教育がとても進んでいて、小学校2年生までにPCや基本的ソフトの操作は習得し、小学3年生ごろからはアウトプットに使い始めます。
小学4年生がフォントも自分の感性で選び、絵も自分で描き、資料もスキャナーで読み込み、出典もURL等を入れて、学習の成果としてのアウトプット、いわば「知の再構築」=凝縮ポートフォリオ(*後述)を生み出す授業を見てきました。

インターネットは子どもたちが自由に使えるのですか?
鈴木

私も気になって聞いてみましたが、訪問した学校で私が聞いた限りでは「子どもがインターネットをいつから使い始めるかは家族が決める問題です」と担任の先生も校長先生も答えてくれました。教育もしつけも含めて、すべて学校に頼るのではなく、親も主体となり教育しています。
実際には、低学年の小学生がインターネットを使うときには、授業も含めて、自宅でも大人と一緒に使っています。生徒は、PCも使いますし、図書館も使います。多様なメディアをバランスよく活用しているようでした。

何より、私が価値をとくに感じたのは、国語の授業です。国語の教科書を見ると、メディアリテラシーそのものと感じます。情報(知)が満ち満ちたこの世の中を生きるためのコミュニケーション力が身につくものです。例えば、教科書のなかには、次のような問いかけがでています---「F1で最初に優勝したフィランド人の名前は?」「現在のアフリカの野生動物の数は?」、このようなことをより正確に早く手に入れるためには、「検索エンジン」にどんな言葉をいれるのか、と。また次のような問いもでています。「あなたの家に朝刊を配達した人は朝何時に起きたか?」を知るためにはどんなメディアを手段とするか?と。 ----ここにインターネットは不要です、電話をかけて聞けば必要な情報を手に入れることができます。つまり「情報をどう獲得する力」「情報をどう見極める力」を何より大事にしているのです、これは21世紀を生きる教育そのものです。

ずいぶん日本の国語とは異なる印象ですね。授業以外でなにかエピソードはありますか?
鈴木

子どもたちの考えを引き出す姿勢です。それを感じたのは子どもたちと一緒に日帰りでチョコレート工場へ行く遠足に同行したときです。朝、学校をスタートして、地下鉄やバス、そして5kmくらい歩いてチョコレート工場へ行った、その後です。
遠足が終わった後、学校へ戻りました。その教室で先生が生徒たちに「つかれたひと?」と聞きました。すると生徒たちは「はい」「はい」と、答え手をあげます。
先生は続けて質問します。
「疲れた価値があったと思う人」とさらりと聞きました。先生は生徒たちに遠足にいって何を獲得したか?成果があったかを尋ねているのです。生徒たちは一斉に手をあげます。
「はい!」「はい!」先生はニッコリして、「それじゃ、その価値をみんなでシェアしよう!」という感じで、それぞれ今日得たことを次々に発表しあったのです。
遠足をただの楽しみに終わらせず、そこで感じたこと、考えたことを価値化し、共有する場面を設けていたのです。このやり方は、私が提唱する、知を共有することを大切にする未来教育プロジェクト学習そのものなのです。

知を活かす力=コンピテンシー
フィンランドで一番価値を感じたことはなんでしたか?
鈴木
[写真 鈴木特命教授]

「自立」と「個性」です。ふだんから、自分の考えを表現することを教育の中で大切にしている国だと感じました。今、日本では、OECD調査で以前より学力が下がった、という人たちのあいだで、もっと授業時間を増やそうとか評価をしっかりしよう、という動きがあります。しかしフィンランドの授業時間は、OECDの調査の中で最も少ないのです。国際学力調査トップの国フィンランドでは、競争やテストのために学ぶのではなく、獲得した「知」を現実の中で活かせる力、コンピテンシーを大切にしているのです。

見学を終え、校長先生が最後に案内してくれたのが、廊下の壁いっぱいに、生徒達の描いたひまわりの花の絵が飾ってあるところです。校長先生は絵を示し「この絵は、同じ花を見て描いたのに全部違った絵になっています。」確かに、形も色も構図も背景も、何十枚もあるひまわりの絵は、どれ一つとして同じ絵はありません。ひとつひとつ豊かに違います。改めて、同質化や人との比較を気にする日本の学校のあり方を考えずにはいられませんでした。一人ひとりの感じ方、考え方を尊重することなしに、真の考える力は伸びません。みんな一斉にそろって競争させ、大学受験で終わるような学力という言葉に翻弄されている日本の今の様子とは、根本的に違います。競争がなくとも、知を獲得し自ら考え成長したいというモチベーションをもち、学び続ける生き方こそ、宝物です。

千葉大学教育学部特命教授、中部学院大学客員教授、一級建築士。横浜建築研究所取締役。21世紀の教育を提唱、実践する第一人者。未来派シンクタンクとしてポートフォリオ活用やプロジェクト学習の手法を全国の学校、医療、行政等へ広げる。
s-toshie@ca2.so-net.ne.jp

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