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お客さまの声の変化

伝えていくこと“あの日の記憶” お客さまと共に強くなる。 (当時)NTT東日本 宮城県116センタ 原田 啓子

一瞬で全てが変わった

宮城116センタは、宮城県、東京都、栃木県エリアから電話等の新規申込みや回線の休止・解約などの申込みや問い合わせを総勢約440名体制で受け付けるセンタでした。私はセンタの中でも宮城県エリアの受付を担当しており、あの日は、約160名のオペレーターと一緒に電話対応を行っていました。14時46分、ブラインドがガタガタ音を立て始めた直後、天井のテレビモニターは今にも落ちてきそうな勢いで揺れ出し、お客さまとつながっていた電話は容赦なくブツっと切れるほどの激しい揺れが数分間にわたり襲いました。社員全員が不安を抱え、身一つで支え合いながら雪のチラつく広域避難場所に向かいました。当時、私の自宅は名取市の閖上(ゆりあげ)地区にあり、直後のワンセグのニュースでは津波に飲み込まれたと報道されていました。夜になり、間違いであってくれと願いつつ車で近くまで行くと、陸地に乗り上げた大きな船に阻まれ、引き返すしかありませんでした。東日本大震災発生の4日後、初めて訪れた自宅跡は、何もかもすっかり流され、ただ茫然と立ち尽くすとともに、自分に残されたものは家族の命と、今着ている服だけだとあらためて悟りました。市役所へ向かうと、早くもNTT東日本が設置した災害時用公衆電話(特設公衆電話)に長蛇の列が出来ており、東日本大震災後初めて会社に連絡を入れ、家族も無事であることと、自分の状況を伝えたことを覚えています。

お客さまからの声に応える宮城116センタ(現在)

仮設住宅から復興住宅へ

希望に応えられない無力さ

3月22日から職場に復帰しました。1日に2,000件あまり寄せられる復旧についての問い合わせに、工事が手配出来ない状況をお詫びする毎日が始まりました。被害の範囲、規模が大きかったため、3月11日以前の申し込み分にも対応出来ない状況が続きました。その際、ご商売をされているお客さまからは、電話が使えず営業がストップしてしまうため、たくさんのお叱りを受けました。申し訳なさで胸が一杯でした。また、仮設住宅への電話回線移転の申し込み対応においても、申し込みの際に必要となる契約者さまご本人の確認が取れないなど、どうしようもない状況に無力感を覚えることもありました。そのような状況でも、東京都、栃木県エリアからの電話は別エリアの116センタで対応する体制が整えられ、本来は東京都と栃木県エリアを受け持つオペレーターも、宮城県エリアからの問い合わせに集中出来るようになるなど、NTTグループのチームワークを非常に大きく感じました。

復旧、そして復興へ

やがて日々お客さまからの電話に対応する中で、廃止系の申し込みから移転や新設の申し込みが増えるなど、復興の兆しを感じることが増えてきました。中には、仮設住宅から復興住宅に移動されるお客さまから本当に嬉しそうに電話をいただくこともあり、受付者も自然と笑顔になりましたし、思わず涙ぐむ社員も見受けられました。気持ちよく工事の日を迎えていただけるよう配慮した対応を続けていると、復興住宅に無事に電話が開通したことへの感謝の気持ちをわざわざ手紙でくださる方もいました。本当にこの仕事をしていて良かったと思える瞬間でした。東日本大震災以降、たくさんの厳しい言葉もありましたが、たくさんの感謝の言葉によって私達自身の使命感が刺激され続けたことは間違いありません。正直、東日本大震災が起きる前までは、危機意識が高くなかったのかもしれませんが、危機的状況への対応トレーニングや非常時のマニュアルなど、毎日の朝会などでしっかり共有され、私たちは確実に次の一歩へと踏み出すことが出来ています。お客さまから116センタに災害用伝言ダイヤル(171)の説明会を要望された場合は、社内の関連部署と連携の上、積極的に説明会を開催しています。私も個人的に親戚などに使い方を案内しています。NTT東日本のサービスはお客さまと共にまたひとつ強くなったと感じていますし、今後、どのような経験をしても前へ進むチャンスと捉えられるようになれたと思っています。